ブレンデッドウイスキーのマリイング
文:イアン・ウィズニウスキ
結婚というものは、当事者の双方が結婚から恩恵を受けるものでなければうまくいかない。それはウイスキーの世界でも同じである。そしてブレンデッドウイスキーともなれば、モルトとグレーンの原酒をいくつも組み合わせた複雑なものになる。
マスターブレンダーによるブレンディングは、マリイングによって最高潮に達する。それは異なった樽で熟成された原酒同士がひとつになるハネムーンのような儀式だ。同じメーカーであっても、マリイングには商品ごとにさまざまな形態がある。だがその目的はいつも同じだ。ウィリアム・グラント&サンズのマスターブレンダー、ブライアン・キンズマン氏が語る。
「マリイングは、複数のフレーバーをひとつにまとめる行程です。それぞれの原酒のフレーバーは変わりませんが、マリイングによって調和、バランス、まろやかさを高めます。しかしもっとも重要なのは、商品としてフレーバーの一貫性を維持することです」
ブレンデッドウイスキーの場合、モルト原酒はまずグレーン原酒と別途に熟成され、モルトウイスキー同士でブレンドされる。これをヴァッティングと呼ぶのは、ブレンドに使用される大型の容器を「ヴァット」(vat)と呼ぶからである。
新しいウイスキーをヴァット内に加えると、すでに入っていたウイスキーとすぐ融合せず、表面付近に層のようになって留まることが多い。そのため多くのヴァットは、ウイスキー同士が混ざり合うように促す仕組みを備えている。
そのひとつがヴァットの底にあるインペラーという装置だ。プロペラのように回転して、容器内の液体を撹拌する。ヴァット内のセンサーが、加えられたウイスキーの水位を感知し、インペラーがしっかり水没する量になったら自動的にスイッチが入って回り始める。容量150,000Lのヴァットなら、3,000〜4,000Lのウイスキーが投入されると作動するようにできている。
インペラーの他に、ヴァットの側面に取り付けたパドルが前後に動いてウイスキーを混ぜる場合もある。さらにはエア・ラウジングといって底の部分から空気を吹き込む方法もある。大型のヴァットになるほどエア・ラウジングの機能を備えていることが多く、中にはインペラーとエア・ラウジングの両方が付いたヴァットもある。シーバスブラザーズのブレンディングとインベントリーを統括するサンディー・ヒスロップ氏が語る。
「私たちのヴァットは大きさがまちまちで、容量2,000Lから200,000Lのものまであります。縦長に立てて使用する樽もあれば、横に寝かせて使用する樽もあり、ウイスキーを樽入れする投入口も天板にあったり底にあったりとまちまちです。エア・ラウジングの時間は、ヴァットの容量と形状によっても違ってきます」
原酒のクリエイティブな統合
商品の原料となるウイスキーを統合するのは、もちろん必要に迫られた実利的な行程である。だがそこにはクリエイティブな要素もあるのだという。グレンアラヒーのマスターブレンダー、ビリー・ウォーカー氏が説明する。
「混ぜられるウイスキー同士はヴァットの中で数週間の時間を一緒に過ごしますが、この統合のためのプロセスが最終的なフレーバーや特性に貢献することもあるのです」
マリイング用の樽は、通常ならすでに樽材の影響をウイスキーに与えることのない古樽である。だがその中に入れられるウイスキーは、まだ活発に変化している。デュワーズのマスターブレンダー、ステファニー・マクラウド氏が語る。
「マリイング用の樽自体は、ウイスキーにどんな影響も与えないのが理想。それでもウイスキー自体は、周囲の環境との相互作用で変化しながらフレーバーを全体的に統合していくのです」
マリイングの期間は、商品によってまちまちである。それぞれのブレンドに最適な長さでマリイングすることは極めて重要だ。例えば「デュワーズ ダブルダブル」シリーズでは、モルト原酒とグレーン原酒を別々に1ヶ月間マリイングし、その後でモルト原酒とグレーン原酒を合わせてさらに1ヶ月間貯蔵するのだとステファニー・マクラウド氏は言う。
「このプロセスによって、本当にすべての香味要素が一体化して、品質が向上するのです。デュワーズの『シグネチャー』はマリイングに3ヶ月をかけた複雑なブレンドですが、このようなマリイングによってまろやかさと滑らかさが際立つようになり、香味の一体感も増してきます。マリイングの期間は、4ヶ月や5ヶ月でも試してみました。でも3ヶ月に比べて新たなメリットは見当たりませんでした」
このマリイングの期間が異なる理由は、ウイスキーの熟成年よりもフレーバーのスケールに関係がある。広がりのあるフェノール香やシェリー香のような、より力強いフレーバーの原酒を統合する際は、通常よりも長い時間がかかるのである。だがそれだけでなく、マリイングの期間は外的要因によっても左右される。たとえば季節による熟成環境の違いだ。ディアジオのマスターブレンダー、エマ・ウォーカー氏が説明する。
「貯蔵庫の中が涼しくなる冬季には、気温の高い夏季よりもすべての変化がゆっくりになります」
マリイングによる新しいフレーバーの獲得
ヴァッティングやマリイングは、原酒に含まれるフレーバーの新たな均衡を導き出すのだろうか。その新たな均衡は、それまで他のフレーバーに覆い隠されていたフレーバーを表出させる働きがあるのか。またヴァッティングやマリイングによって、新しいフレーバーが生成されることはあるのか。
このような変化は分析的に計測することができないものの、ノージングによって評価できるとブライアン・キンズマン氏は語っている。
「マリイングが引き起こす小さな変化によって、新しいフレーバー要素が間違いなく生成されています。たとえそれを識別できなくても、背後でフレーバーの統合に貢献している可能性があります」
このような変化を定量的に評価するのは難しい。たった1種類のモルト原酒と、たった1種類のグレーン原酒だけをマリイングするレシピなら、マリイング時にフレーバーのプロフィールが変化するのをもっと簡単に追跡できるだろう。そしてマリイングが長期間になれば、酸化というさらに定量化が難しい別の影響も加わることになる。例えば酒齢50年の「ジョニーウォーカー マスターエディション」は、マリイングに何ヶ月もかけているのだとエマ・ウォーカー氏が説明する。
「マリイングの期間中も、酸化の作用は続いています。これが原則として、より複雑な香味の要素を生み出すことになり、ウイスキーにはさらに新しい特性が備わってくるのです」
これと同様に、「ザ・ラスト・ドロップ 50年」のマリイングには蒸発も重要な役割を果たしていたという証言もある。このブレンデッドスコッチウイスキーには、すでに長期間にわたるマリイングを経験してきた原酒も含まれていた。ブレンドには、異なるスタイルの原酒を30年以上マリイングしていた素材もあった。ザ・ラスト・ドロップのマスターブレンダー、コリン・スコット氏は語る。
「このマリイングの期間には、もちろん樽材からの影響もあり、自然な蒸発も起こって、フレーバーがより濃厚になる作用があったと考えられます」
望ましい成果を得るために、あえてマリイングでも樽材の影響を強調したいときはある。「グランツ 12年」は、まだ樽材がアクティブなセカンドフィルのバーボンバレルでマリイングとフィニッシュ(後熟)をおこなっている。この意図について、ブライアン・キンズマン氏は次のように説明してくれた。
「セカンドフィルのバーボンバレルでマリイングをおこなうと、かすかなバニラ香や甘味が加わって、すでに滑らかな口当たりがさらにスムーズになるという効果があるのです」
「ホワイトヘザー 21年」では、ウイスキー原酒をヴァッティングしてからアクティブな樽に詰めている。このマリイング用の樽にはアメリカンオーク新樽、赤ワイン樽、ペドロヒメネスシェリー樽なども含まれる。マリイングは2年以上続くので、後熟を兼ねているといってもいい。ビリー・ウォーカー氏が説明する。
「モルト原酒やグレーン原酒をブレンドしているというよりは、異なった樽のタイプをブレンドで組み合わせているイメージです。『ホワイトヘザー』は、それぞれのバッチごとに微妙な違いがありますが、風味のプロフィールは似ています。どれも極めて滑らかで、驚くほどリッチで力強いフレーバーがあります。シェリー、ダークチョコレート、モカ、ヒースのハチミツ、バニラなどが共通項です」
あらゆる行程でサンプリングを繰り返し、品質の一貫性をチェックするのはどのメーカーも同様だ。この確認作業は、ボトリングラインに樽が到着したときから始まる。そしてどのメーカーでも、念のためにサンプルを寄せておく。
ウィリアム・グラントでは、ニューメイクスピリッツのサンプルを1年間、ブレンドやヴァッティングの後のスピリッツを3年間、最終的にボトリングしたウイスキーを5年間保存するのが決まりなのだという。すべてのサンプルは専用の貯蔵庫で保管される。ブライアン・キンズマン氏は、その建物の一角にある自分用のスペースに50,000本のサンプルを保持している。そして新しいバッチが出来るたびに、過去のサンプルと比較する。
ブレンダーたちはこのようにして、長く幸福な結婚の成果を確かめ、フレーバーが毎回一貫した品質を保っているようにするのである。