北ハイランドをめぐる「1週間だけのウイスキー旅行」も終盤へ。「シングルトン」で知られるグレンオード蒸溜所には、モルティング工場も隣接している。ウイスキーづくりの全貌が見学できる希少な場所だ。

文・写真:ステファン・ヴァン・エイケン

 

次の目的地はグレンオードだ。ダルモア蒸溜所から南西に25kmほどの場所にある。そんなに遠くないので、2つの蒸溜所を同じ日に訪ねるのは簡単だ。アルネスとミュアー・オブ・オードは鉄道でも結ばれているが、電車の本数はとても少ない。蒸溜所ツアーの予約時間が決まっていたりすると、待ち時間の無駄が気になってしまう。そんなときの最善策は、ダルモア蒸溜所からグレンオード蒸溜所まで個人ハイヤーを予約しておくことだ。土地勘のある熟練したドライバーなら、移動時間は20分もかからない。道中では美しい田舎の風景を楽しめるだろう。

モルティングの初期におこなわれる「水入れ」の工程。スティープと呼ばれる大きな容器1槽に15トンもの大麦を入れて、厳格に温度管理された水を注ぐ。

ダルモアからグレンオードまでハイヤーで直行する場合、ちょっと困った問題は昼食が抜きになるということだ。だがミュアー・オブ・オードには素晴らしいカフェやレストランが何軒かあるので、グレンオード訪問後にゆっくり食事をとればいい。さらにグレンオードでは、希望すれば小さなサンプルボトルに試飲用のウイスキーを詰めて持ち帰れるので、空きっ腹にあまりウイスキーを流し込みたくない場合も心配は無用だ。蒸溜所では味見に留めて、あとからゆっくり楽しめばいいのである。

グレンオード蒸溜所は1838年にトーマス・マッケンジーによって創設され、すぐにD・マクレナンとロバート・ジョンストンが設立したオード・ディスティラリー・カンパニーが使用許可を得た。1847年にジョンストンが破産すると蒸溜所は売りに出され、1855年に創設者の親戚であるアレグザンダー・マクレナンとトーマス・マクレガーの手に渡る。マクレナンは1870年にこの世を去るが、未亡人となった妻が引き続き蒸溜所を運営。1877年にアレグザンダー・マッケンジーという名の銀行員と再婚したので、蒸溜所はまたマッケンジー一族の手に戻ることになった。こちらのマッケンジーは19年のローンを組んで新しい蒸溜棟を建設したが、不幸なことに完成後すぐ焼失してしまう。当時、グレンオードのウイスキーはシンガポールや南アフリカなど英国の植民地に販売されていた。アレグザンダー・マッケンジーは1896年に死去し、蒸溜所はブレンデッドウイスキーを生産するジェームズ・ワトソン&サンに売却。その後、他の多くの蒸溜所と同じく2回の世界大戦中に生産停止を余儀なくされ、所有権の変更も幾度かあった。蒸溜所は1966年に改修され、スチルの数は2基から6基に増えた。

グレンオードの新時代は、蒸溜所がユナイテッド・ディスティラーズ(現ディアジオ)の傘下になった1985年から始まった。2002年には12年熟成の商品が発売されたが、2006年になってブランド名を「ザ・シングルトン・オブ・グレンオード」に変更。とりわけアジア太平洋地域での売上が好調だったことから、ディアジオは2011年に300万ポンドを投じて新しいウォッシュバックを追加し、純アルコール換算で約100万Lだった年間総生産量を約500万Lにまで引き上げた。さらに2013〜2014年には新しいマッシュタン1槽、ウォッシュバック10槽、蒸溜棟(スチル8基)、ボイラー棟、制御室を導入する大規模投資を敢行し、年間総生産量を純アルコール換算で約1000万Lにまで倍増させている。

 

新旧の設備が同居する蒸溜所

 

現在のグレンオードは、21世紀の効率性と19世紀の伝統を同居させた新旧ミックスのウイスキーづくりを実践している。新しいモダンな工場では人的要素がほぼ皆無なので、ビジターが見学できるのはもっぱら古い伝統的なグレンオードの世界である。近代的なシステムは、人間が視界に入らないとなおさら無機質に感じられる。古い蒸溜所のようにロマンチックなウイスキーづくりの詩情が伝えられないのであろう。

グレンオード・モルティングズにある巨大なドラム缶。大麦の発芽に適した疑似環境を作り、ゆっくりと回転させながら均一な発芽を促す。

使用される大麦原料は、敷地内で隣接するグレンオード・モルティングズから供給される。2008年までは一部ピーテッドモルトも蒸溜されていたが、今は厳格にノンピートのみを貫いている。これから「ザ・シングルトン・オブ・グレンオード」の風味が少々変わることもあるかもしれない。なぜなら現在ボトリングされているウイスキーには、2008年以前に蒸溜された原酒も含まれているからだ。もちろんある時点を境に、すべての原酒は2008年以降のスピリッツとなる。

マッシュタンは、同じサイズのフルラウタータンが2槽ある。1回のマッシュで使用するグリストは12.5トンで、6.5時間で糖化が完了する。ダルモア蒸溜所と同様に、お湯の投入回数は2回のみ。最初のお湯は64°Cで、2回目は徐々に85°Cまで温度を上げていく。糖化の工程で目指しているのは、最終的なウイスキーのなかにトフィーやエステルの風味を生み出すクリアなワート。対象的なシリアル風味はどちらかといえば避けている。1回のマッシングで59,000Lのワートができ、17°Cまで温度を下げてからウォッシュバックへと送られる。

ウォッシュバックは全部で22槽もあり、すべてが同じサイズだ。8槽は古い蒸溜所にあって、材質はダグラスファーである。残りの14槽も木製で、新しい蒸溜所にある。設置場所は12槽が旧キルン、2槽がその隣の部屋。リキッドタイプのイーストを約230Lウォッシュバックに投入し、約75時間かけて発酵する。

次は蒸溜だ。古い蒸溜棟には、ウォッシュスチルとスピリットスチルが3組ある。中庭をはさんだ新しい蒸溜棟は4組の合計8基だ。ウォッシュスチルでは18,000L強のウォッシュが初溜され、スピリットスチルでは16,000L強のローワインが再溜される。ミドルカットは75%〜58%で、取り出すスピリッツの平均は66%。珍しいのは、コンデンサー内部で使用されるのが水ではなくお湯であることだ。このお湯は、隣のモルティング施設から送られてくる。多管式(シェル&チューブ式)のコンデンサー内部に温度の高い水を流すと、蒸気が液化するスピードが遅くなって、その分だけ銅との接触時間が長くなる。実際の液化は冷却器を通った後で起こっている。

新旧2つの蒸溜棟は、ほぼ同じプロセスを採用している。だが前述した通り、新しい蒸溜棟は純粋な実用性だけを求めた設備だ。すべてがコンピューター制御なので、スピリットセーフすら置かれていない。スピリッツはコンピューターの設定に従って、直接スピリットレシーバー(ニューメイクを一時溜めておくタンク)に送られる。理論上では純アルコール換算で年間1150万Lのスピリッツを生産できるが、スピリットレシーバーの容量がスピリッツを104,000Lしか保持できないため、生産量全にも制約ができる。そして実際に1週間で約20万Lのスピリッツを生産しているため、フル稼働で生産を続けるにはタンク車をひっきりなしに往復させなければならない。このようなことから、実際の生産量は純アルコール換算で年間900万L程度に留まっている。

蒸溜所内には、5棟のダンネージ式貯蔵庫がある。すべて2階建てで、どちらの階でも樽は3段積みだ。だがほとんどのストックは別の場所で熟成される。これは熟成タイプによって3種類のシングルトンをつくり分けているディアジオの方針によるものだ。「ザ・シングルトン・オブ・グレンオード」は、シェリー樽熟成のリッチな味わいが中心。「ザ・シングルトン・オブ・ダフタウン」はバーボン樽熟成が中心。「ザ・シングルトン・オブ・グレンデュラン」は主にアメリカンホワイトオークの古樽を使用して、軽やかなタイプのシングルトンを熟成している。グレンオードの2つの樽(1995年のシェリーバットと1999年のホグスヘッド)から100mlのウイスキーを持ち帰ることができた。ビジターセンターで蒸溜所限定のウイスキーがボトリングできるチャンスを見逃してはならない。どちらも非常に良質なウイスキーで、グレンオードのオフィシャルなシングルカスクを味わえる機会も希少である。

 

現代のモルティングを見学できる稀有な場所

 

蒸溜所の見学を終えて満足したら、次の蒸溜所へと足を向けたい人もいるだろう。だがこの地域でグレンオード蒸溜所の訪問がマストなのは、同じ場所で現代的なモルティングの様子を見学できるからである。グレンオード・モルティングズの創設は1969年。工場はグレンオード蒸溜所のすぐ隣で、ここからグレンオード蒸溜所と姉妹蒸溜所のタリスカー蒸溜所にもモルトを供給している。必要があれば、ディアジオ傘下の他の蒸溜所もグレンオードのモルトを使用する。

グレンオード蒸溜所で、スチルを制御するコンピューターの画面。新しい蒸溜所の設備からは、徐々に人間の判断や作業が消えて合理化が進む。

モルティング工場に原料の大麦が届くのは、収穫期である8月~9月。この大麦原料から、まずはデブリ(小石や金属)を取り除かなければならない。工場内の符牒で「着替える」(dress)と呼ばれる工程だ。生の大麦(通称「グリーン・バーレイ」)は含水率が20%ほどあり、保存するためには含水率を12%にまで下げなければならない。モルティングまでの保存期間は数ヶ月ほどと長くはないものの、ときには最長で2年間に及ぶこともある。

大麦をモルティング(製麦)する際は、まず2日間かけて含水率を46%にまで増やす。この工程は「スティープ」と呼ばれる大きな容器で3段階に分けておこなわれる。各段階にかける時間や大麦に加える水の温度は、季節や大麦の品質によっても異なってくる。今回訪問した季節は春で、水温11.7°Cで4時間かけていた。その後スティープから取り出して大麦を11時間ほど寝かせ、2回目のスティープを水温16.6°Cで7時間おこなう。さらに12時間寝かせた後で、最終段階のスティープを8時間おこなう。水温は第2段階と同じである。その後、2時間にわたって水気を切ったら終了だ。2018年の春は全部で44時間の工程だったが、2017年の夏には36時間かかっていたという。

モルティングは週7日で休みなくおこなわれている。グレンオード・モルティングズには18槽のスティープがあり、それぞれ15トンの大麦を収納できる。大麦の品種はコンチェルト種だった。これらのスティープが泡を立てているそばを歩くのは面白い光景だ。水が流し込まれている様子は、子供がふざけてストローでジュースをグラスに吹き戻しているようでもある。含水率が46%になったら、大麦はスティープの下にある大きなドラム缶に移される。巨大なシリンダーを横にしたような形状で、偽の地面のなかで5日間かけて発芽させる装置である。

ひとつのドラム缶で、スティープ2槽分にあたる31トンの大麦を処理できる。温度は16°Cに保たれ、大麦の発芽を促す環境だ。芽がこんがらかるのを防ぐため、ドラム缶は8時間で一周するようにゆっくりと回っている。ドラム缶内部の状態は定期的に検査して、計画通りに発芽が進んでいるか確認する。

発芽が終わったモルトは、キルンで乾燥される。ドラム缶1つ分のモルトが、キルン1回分に相当する。グレンオード・モルティングズには巨大なキルンが4つある。そのうち2つ(第1キルンと第2キルン)はガスを燃料とし、残りの2つ(第3キルンと第4キルン)はガスと水を燃料にする。キルンでの乾燥は22時間。ピートの煙でモルトを燻せるキルンは1つだけ(第4キルン)。そしてピートを使用するのは、最初の4時間のみだ。必要なのはピートの熱ではなく煙だけなので、ピートにが直接火をつけず燻ってくすぶらせる程度だ。乾燥が終わったら、大麦モルトは再度デブリを取り除き、最低3週間は寝かせてから蒸溜所に送られる。

このモルティング工場の壮大なスケールを、言葉で表現するのは難しい。1週間で900トンの大麦を処理する生産力を理解するには、現地に出かけて自分の目で確かめる以外にないだろう。ウイスキーファンなら、グレンオード(蒸溜所とモルティング工場)の見学を決して外してはならない理由がここにある。大麦から熟成までに至るウイスキーづくりを俯瞰して、本質的に理解できるような場所は他にない。

丸一日をかけた蒸溜所見学が終わる。ダルモアもグレンオードも内容が濃く、たっぷり試飲もいただいた。エネルギーを使い果たした見学者は、滋養のある夕食が必要だ。ミュアー・オブ・オードは小さな町だが、素晴らしいレストランが何件かある。ヘルシー派の人には有機栽培の食材を使ったディナーもあるし、そうではない人もフィッシュ&チップスやケバブの屋台で舌鼓が打てる。だが夜更かしは避けるのが賢明だ。明日は朝早くから最後の目的地へと向かう。美しいグランピアン山脈の麓にあるトマーティン蒸溜所だ。