アイラのピートは、本土のピートと違うのか。答えはイエスだ。だがそれよりも重要な違いは、蒸溜所ごとの製法からもたらされる。ピートのミステリーをめぐるシリーズの第2回。

文:フェリーペ・シュリーバーク

 

ピートの効いたウイスキーについて、誰よりも経験と見識が豊かな一人が、アードベッグ 蒸溜所長のコリン・ゴードン氏であろう。彼は元ラガヴーリン蒸溜所長でもあり、最近引退したアードベッグのミッキー・ヘッズ元蒸溜所長からバトンを受け継いだ。そして同僚たちと同じように、アイラ産のピートには、他地域のピートとは違う何か特別な要素があると信じている一人だ。

「僕はロマンチストですからね。ポートエレンの製麦所で働いていた仲間たちは、いつもアイラ産のピートを燃やすほうが楽しいと言っていました。科学的な根拠がある訳でもないのですが、違いにははっきりと気付けるものなんです。本土のピートとアイラ産のピートを比べると、アイラ産のピートから生じるスモーク香のほうがいつもリッチでダークな印象があります。明確な証拠を掴んではいませんが、かすかな違いは感じるんです」

ゴードン氏のロマンチックな直感は、最終的に正しいのではないかと考えられている。今年のウイスキーショー「オールド&レア」で実施したバーチャルテイスティングで、ウイスキーにおけるピートの役割が議題になった。スコッチウイスキー研究所でハリソン博士の同僚にあたるフランシス・ジャック氏が、ピートの産地の違いによって風味に影響がある ことを強調していた。

「産地を変えてピートの特性を検証するときは、サンプルを標準化する必要があります。そこで各地域のピートを泥炭地の同じ深さから採取しました。その結果、各々のピートに大きな違いがあるとわかったのです。ピートを構成している材料の組成がさまざまに異なるため、ピートの産地を変えて同じウイスキーをつくっても、フレーバーに必ず影響が現れます」

 

製法によって大きく異なるピート香の表現

 

ピートの出自が、ウイスキーのアロマやフレーバーに影響を与えることは間違いなくわかった。その一方で、ウイスキーの製法もまた大きな違いをもたらす。ウイスキーの中で強く表現されるフェノール類の種類が、それぞれの製法によって異なってくるからだ。

製法の違いといえば、まずはピート自体の燃やし方だ。製麦を担当するモルトマスターは、ピートごとに含まれる水分量の違いに気を配らなければならない。さらには乾燥させられる側の大麦モルトにも水分量の違いがある。

与えられた環境の中で、このスモーク工程を可能な限り効率的におこなうことが重要だ。ゴードン氏の説明によると、ある水分量でピートを燃やした場合に、大麦モルトのピート香が増幅されることもあるのだという。ただしこの時点では、まだ最終的なウイスキーのフレーバーへの影響は考慮されていない。

ベンロマック蒸溜所長のキース・クルックシャンク氏。ピートを特に強調したウイスキーをつくるため、蒸溜時のカットポイントを変えているのだと明かしてくれた。

「キルンに運ばれてくる大麦などのグレーンを観察していくと、おおむね水分量が高い湿ったグレーンがより高いフェノール値を獲得するようです。ピートを燃やした煙が、グレーンの殻によく吸収されるからだと思われます。それでも、ピートを燃やす時間の長さや水分量などを調節してみても、フレーバーに大きな変化はありません。生産効率がいちばん重要なのです」

この製麦工程が終わると、フェノール値の計測がおこなわれる。ウイスキーのフェノール値を測るのにもっとも信頼できる方法が、高速液体クロマトグラフ法(HPLC)と呼ばれる測定法だ。大麦モルトのフェノール値を計測したら、目標となるフェノール値(ppm)になるようにノンピートの大麦モルトを混ぜる。この時点からウイスキーができるまでの全行程において、フェノール値は徐々に失われていくことになる。

まず最初の工程はミルでの粉砕だ。ピートの煙でスモークされた大麦だが、フェノールは主に大麦の殻の部分に付着している。この殻を大量に捨てたり、粉砕中に破壊される殻が多いほど、失われるフェノールの量も多くなる。この殻は糖化(マッシング)で麦汁を濾すためにも必要となる。殻がないと麦汁をマッシュタンから排出するときにフェノールや他の化合物を失うことになり、思うようなスピリッツの品質が得られない。

糖化から発酵にかけてもフェノールは失われる。絞りかすと一緒に捨てられるものもあれば、水や大麦や酵母と反応することで別の新しい化合物に変化する場合もある。そして蒸溜工程や蒸溜所ごとに定められたカットポイントによってもフェノールの量は大きく左右される。

フェノールを始めとする重めの化合物は、スピリッツが得られる蒸溜の終盤で回収される。スピリッツを得る中溜(ハート)の時間が長いほど、ニューメイクスピリッツの中には分子の重いフェノール類が入っており、よりスモーキーな特性のウイスキーに仕上がることになる。

スペイサイドにあるベンロマック蒸溜所長のキース・クルックシャンク氏によると、ヘビリーピーテッドの「ベンロマック ピートスモーク」もこのようにしてピートが強めのアロマとフレーバーを獲得してるのだそうだ。ベンロマック蒸溜所はソフトなピート香をハウススタイルとしているので、製法によって差別化を図っている。クルックシャンク氏が説明する。

「ディスティラーの専門技術においては、特に蒸溜時のカットのタイミングを見極めるのが重要になります。できる限り最高の品質で、新しいスピリッツをつくる必要がありますから。もともとベンロマックのスタイルは軽くピートを効かせてあるので、『ピートスモーク』用に変えるのはカットポイントだけ。そうやってスモーキーな特性を強調したウイスキーにするのです」
(つづく)