サステナビリティーに焦点を絞ったシリーズの最終回は、スモーキーなウイスキーに不可欠なピートについて。化石燃料でもあり、動物たちの楽園でもある湿地と泥炭を守ってこそ、安らかなウイスキータイムは訪れる。

文:クリストファー・コーツ

 

スコッチウイスキー協会が2020年に定めた環境戦略に、重要な新しい項目がある。それはピートの使用に関する行動計画だ。スコットランド自然遺産の国立泥炭地計画を策定するにあたって、スコッチウイスキー協会は主要なステークホルダーの一角を担ってきた。泥炭地の管理についていえば、スコッチウイスキー協会の2020年の戦略は、ウイスキー業界として引き続きスコットランドの天然泥炭地保護活動を重視するというものになる。これが数値目標を明らかにした戦略となり、スコットランドのメーカーにとってピートをできるかぎり効率的かつ責任を持って使用する指標として機能することを望んでいる。

スコッチウイスキー協会によると、スコットランドが使用するピートのうち、ウイスキー業界が占める割合は0.1%に過ぎない。だがそんなウイスキー業界でも、ピートの使用量を最低限に留めることは重要だ。なぜならピートは二酸化炭素を多く排出する化石燃料であり、掘り出すことによって環境に大きな影響を与える可能性もあるからだ。

王立鳥類保護協会(RSPB)によると、泥炭地(特にブランケット型湿地)は自然環境に多くの恩恵をもたらす。そのひとつが野生生物の住処や、炭素を閉じ込めておくことで気候変動に抵抗する性質だ。洪水のリスクを減らし、飲み水を浄化し、山火事の拡大も遅らせてくれる。

ハイランドパーク蒸溜所で使用している乾燥ピートのかけら。メイン写真のように燃やした煙で大麦モルトを製麦すると、独特なスモーク香をまとったスピリッツの原料になる。

湿地帯のこわれやすい生態系を土台から支えている泥炭地は、しばしば絶滅の危機に瀕する自然生物たちの楽園でもある。人間が住むようになってからずっと、ピートは地産の燃料として掘り出されて燃やされてきた。その歴史的な掘削で残された傷跡は、世界中で目にすることができる。ミズゴケがたっぷりと含まれたスコットランドのピートは、スモーキーなウイスキーづくりに欠かせない役割を果たしてきた。かつては自宅の囲炉裏や蒸溜所の製麦用キルンで日常的に目にしたものだ。しかし燃料としては効率が悪いため、産業革命の時期からは自宅でも蒸溜所でも次第に他の化石燃料が常用されるようになっていった。

製麦の方法としては、あらゆる場所でピートが段階的に廃止されていった。かつては軽やかなピート香のウイスキーが支配的だったスペイサイドもそんな地域のひとつだ。例外的にピートの使用が廃れなかった島嶼部では、1960年代から1970年代にかけて製麦を専門の業者に外注するようになった。現在はかつてのようなエネルギー源ではなく、スモーキーな香りを得るためだけにピートが使用されている。

泥炭の形成には数千年かかる。化石燃料が数百万年もかかることを考えると、比較的短時間で形成される化石燃料だといえるだろう。重要なのは、泥炭が形成される過程で炭素を取り除いてくれる働きをすることだ。死んだ植物が好気的に分解されると、二酸化炭素が空気中に放たれる。それを湿った酸欠状態の泥炭がブロックして、二酸化炭素を吸収してくれるのである。

蒸溜酒を目的としてピートを燃やせば、もちろん蓄えられた炭素が放出されることになる。だがウイスキーづくりのために掘り出されるピートはスコットランド全体の採掘量から見れば微々たるものに過ぎず、使途の大半(約90%)は園芸用だ。さらにいえば、スコットランド(および英国全体)におけるピートの総採掘量は減少傾向にあるものの、輸入ピートの使用量が非常に多い。つまり持続可能性の低いピートの採掘問題は解決されておらず、単に外国へと場所を変えているだけなのだ。

 

王立鳥類保護協会とともに聖域を守る

 

幸いなことに、この問題がウイスキー業界のせいで悪化することは考えにくい。ウイスキーメーカーが、スコットランド域内の特定の場所で掘り出されたピートを蒸溜所のフレーバーとして使用することが多いからだ。地理的な条件やピートの素材となった植物が、その土地ごとの風土をスピリッツに表現してくれる。

しかしながら、採掘量の数字だけではわからない問題もある。環境を脅かす大問題のひとつが、干拓のために泥炭を乾燥させる事業の存在である(以前からあり、現在も進行中)。スコットランドでは、グラウス(雷鳥)を撃つスポーツハンティングのために、しばしば泥炭地を乾燥させて平原に変える。この過程で、グラウスはもちろん他の原生動物の生息地も破壊してしまうことになる。この人工的な乾燥によって、炭素吸収の工程は止まり、逆に放出を始めて二酸化炭素の排出量を高めてしまう。

さらに困ったことには、新しいヒースの生育を早めるために野焼きをして、二酸化炭素の排出に拍車をかけてしまう場合もある。この野焼きもまた狩場の平原を造成するための常套手段である。人為的に引き起こされた気候変動が進んで気温が上昇し、乾燥した泥炭地での野焼きが山火事につながりやすくなり、地中に閉じ込められていた二酸化炭素がさらに放出される。これがまた乾燥した暑い夏の遠因になって、山火事を引き起こしてしまうという悪循環が発生している。

このような背景があるからこそ、一部のウイスキー蒸溜所は地元の泥炭地を保護する活動に乗り出してきた。ハイランドパーク蒸溜所はオークニーのホビスタームーアからピートを掘り出しているが、使わない土地は王立鳥類保護協会の管理に任せて鳥類保護区となっている。またハイランドパーク蒸溜所は、ここ数年で生産効率の向上に成功し、1Lあたりのスピリッツに使用するピートの量も減らすことができた。

スコットランド屈指の美しさで知られるグレンゴイン蒸溜所は、ウイスキー業界の中でも積極的にサステナビリティへの取り組みを進めてきた蒸溜所だ。

スピリッツの特性をまったく変えずに、このような変革を成し遂げたのは特筆すべきことである。ディアジオも2017年におこなわれたプロジェクト「ラガヴーリンレガシー」の一環で、王立鳥類保護協会に6万英ポンド(約800万円)を寄付した。この寄付金はアイラ島のオーとロッホグリュイニャルトにある平原を再び湿地化して、ピートを再生するプロジェクトに使用されている。

このようなプロジェクトからも、ウイスキー業界が全般的に環境問題に配慮している姿勢はうかがえる。だが同時に、業界内のさまざまな分野で進歩が待望されていることも事実だ。近い未来の話をすれば、数カ月後にはスコッチウイスキー協会が環境問題への取り組みの成果をレポートにまとめて公表するだろう。その内容を見れば、2020年の業界がどのくらい目標を達成しているのかわかるはずだ。

そのレポートを見なくても、現段階ではっきりと断言できることがある。それは「地球にやさしいウイスキー」という目標を本当に実現するまで、今後も長い道のりが待っているということ。メーカーとしての自覚と責任を持ち、明確な方向性で取り組みを進めているウイスキーブランドに注目しよう。地球の未来のために、そんなウイスキーで乾杯することぐらいは許されるはずだ。