トラベルリテール市場の概況【後半/全2回】

December 15, 2016

ウイスキーメーカー各社は、極めてレアなボトルや先端のテクノロジーを投入しながら空港ショップ内のショッピング体験を刷新している。存在感を増しているジャパニーズウイスキーの今後や、イギリスによるEU脱退の影響について考察。

文:ジョー・ベイツ

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2016年のトラベルリテール部門でもっとも注目された新商品をひとつ挙げるなら、「ザ・マッカラン レアカスク ブラック」だろう。マッカランのなかでも並外れてダークでスモーキーなウイスキーで、100樽に満たない希少なピーテッドモルトからつくられている。度数48%のノンチルフィルターで、パッケージも美しい。ナツメグ、ジンジャー、ドライフルーツの濃厚なフレーバーの背後でピートのスモーク香が歌っているが、決して軽やかなスペイサイド特有の特徴を覆い隠すことはない。

ソーシャルメディア、業界紙、インストア告知とともに世界中の主要なハブ空港に展開されたこのボトルは、9ヶ月間の販売期間中に300ドル以上のシングルモルトウイスキー部門でベストセラーとなった。イギリスの空港チェーン店「ワールド・オブ・ウイスキー」を運営するワールド・デューティーフリーではスピリッツ974種類中の売上額16位にランクされ、上位2%以内に入る人気銘柄。この「ザ・マッカラン レアカスク ブラック」は 、エドリントン・グループのトラベルリテール限定品における過去最高の成功を収めている。同様の売り上げを他のブランドが達成するのは、かなり難しいだろう。

ターミナルが次々と新設され、乗客の数も飛躍的に増えているインドのデューティーフリー市場に照準を合わせているのがペルノ・リカールだ。2016年3月にはムンバイのチャトラパティシヴァージー国際空港第2ターミナルに豪華なブティックをオープン。3,500ドル(約40万円)の「シーバスリーガル アイコン」をはじめ、「ロイヤルサルート 38年」、「ザ・グレンリベット 25年」、「バランタイン 30年」など、ハイエンドのスコッチブレンデッドウイスキーやモルトウイスキーが並んでいる。同店の「デジタル・インタラクション・エリア」では、商品をスクリーン上に置くだけでそのウイスキーの背景について学べる。RFID技術を仕様したサービスがIT先進国らしい。

将来は、このようなデジタル技術がトラベルリテールのショッピング体験でも大きな役割を果たすようになるだろう。例えば2016年6月には、パリのシャルルドゴール空港にあるアエリアの店舗で、ウィリアム・グラント&サンズが旅行客にグレンフィディック蒸溜所のバーチャルツアーを提供した。オキュラスリフト社のバーチャルリアリティヘッドセットを着用して体験する「モルトマスターの脳内ツアー」は、ドローンでダフタウンの蒸溜所上空に舞い上がったり、CGIで制作されたマッシュタンの内側を眺めたりできるのが面白い。

 

イギリスのEU脱退が及ぼす影響

 

2017年以降の動きで注目したいのは、ジャパニーズウイスキーの台頭である。もちろん原酒のストックはいまだに限られているが、ビームサントリーが2015年にリリースしたフローラルな「響 JAPANESE HARMONY マスターズセレクト」 や、2016年に導入されたハチミツのような風味のグレーンウイスキー「知多」を見るに、トラベルリテール市場におけるジャパニーズウイスキーの未来は前途洋々だ。もちろんバーボンやアイリッシュウイスキーもシェアを拡大しつつあるが、現在のジャパニーズウイスキーほどの勢いは感じられない。

そして最後に、やはりイギリスのEU脱退問題について触れない訳にはいかないだろう。ペルノ・リカールやディアジオなどの大手スコッチウイスキーメーカーは、関税、コスト高、輸入手続きの煩雑化などを懸念して、イギリスのEU脱退に反対を表明してきた。だがこと旅行市場においては、EU離脱というイギリスの決断が吉と出る場合もある。ノルウェーやスイスと同様の「第3国」となることで、他のヨーロッパ諸国とイギリスを行き来する旅行客に対する「免税品販売」が復活し、便利な到着便受取りサービスの需要拡大も見込まれるからだ。

国際空港に豪華な店舗を構えるのは、国際的なブランド価値を高める効果がある。「ジョニーウォーカーハウス」に代表される高級ブティックは、今後もトラベルリテール市場のトレンドとして進化していくだろう。

理論上、旅行者はウイスキーの免税によって利益を享受することができる。だがいくつかの懸念も指摘しておかなければならない。まず、国境をまたいだ買い物客に対する特別措置はなくなるだろう。つまり、船でヨーロッパを訪れるイギリス人たちが、車のトランクいっぱいに格安のボトルを買い込んだりすることができなくなる。その代わりに適用が予想されるのは、「1人あたりスピリッツ1リットルまで」などのしみったれた購入制限だ。ただし1リットル瓶のスピリッツ4本までを認めている国もあるので、規制の内容はまだ断定できない。

実際のところ、ブレグジット後の世界についてはまだほとんど何も決められていない。免税品販売の復活も、すぐに始まることはないだろう。イギリス政府は、2年間にわたるEU脱退の交渉について定めたリスボン条約第50条の手続きをまだ始めていない。それにロンドンの官僚たちも、まずは免税品販売よりはるかに優先度の高い貿易上の諸問題に取り組まなければならないはずだ。ともあれ貿易政策の影響をダイレクトに受けるトラベルリテール市場の動向からは、これからも目が離せない。

 

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