六本木の三賢人 スピリッツ・アカデミー【その1】

November 1, 2012

大好きなお酒のことを知り尽くしたいとき、頼りになるのは生き字引のようなバーテンダーの存在だ。彼らはいつも選りすぐりの銘酒を図書館のように並べ、生徒の来訪を待っている。ウイスキー、テキーラ、ラム。それぞれの深遠な世界を案内するのは、呆れるほどの知識と経験を有する三賢人。これほど専門性の高いバーをハシゴできる街は、六本木を置いて他にない。第一回目はウイスキーバーを紹介する。

愛好家も納得のこだわり

ナビゲーター:篠崎㐂好さん/CASK

 

バリエーションは、実に2,500種類。2003年にオープン以来、コアなウイスキー愛好家にも高く評価されてきた「CASK」は、他所で味わえないレアなスコッチを多数常備する六本木らしいバー。代表を務める篠崎㐂好さんが、とっておきの銘柄を紹介してくれる。

 

きっかけはアイラモルト

当店でご用意してあるお酒はおよそ2,500種類。その大半はスコッチですが、バーボン、ラム、テキーラ、ワインなども種類は豊富です。もともとバーボン好きだった私がバーテンダーとなり、幅広いお酒に親しむなかで忘れ難い印象を受けたのはラフロイグでした。それまでスコッチ・ウイスキーといえばオールドパー、バランタイン、シーバスリーガルなどのブレンデッドウイスキーや、グレンリベットなどのシングルモルトを飲んでいましたが、アイラ島のように個性的な産地があることを知ってますますこの世界にのめりこんだわけです。

ウイスキーのバラエティある味わいを楽しむ、理想的な方法が「飲み比べ」です。当店ではかなり古いウイスキーも常備していますので、60年代や70年代のウイスキーと現代のウイスキーがどう違うのか比較テイスティングをしてみるのも面白いでしょう。最近は、「モートラック70年」のように、以前では考えられないような長期熟成のボトルも市場に出ています。同じモートラックで、同ビンテージ、さらにボトラーが同じであっても、80年代にボトリングされたものと最近ボトリングされたものでは違います。異なった表現を味わうことでウイスキーへの理解を深めようと、比較テイスティング会も実施しています。

 

ウイスキー選びの基準

1989年の酒税法大幅改正により、日本でもスコッチ・ウイスキーが安価に輸入され始めたのが20年前のこと。私は今ほど高価ではなかったウイスキーを次々に開封して飲んできました。現在当店にあるボトルも、自分で飲んで納得のいったものばかり。高価なウイスキーを入手する際も、周りの情報に流されるのではなく、あくまで自分の関心に従います。モートラック70年も自分で飲んでみたかったから手に入れたもの。値段よりも自分が「飲みたい」と感じる動機が大切なのです。

当店では、おすすめウイスキーのリストはご用意していません。全くウイスキーを知らない方であれば、まずはスタンダードなシングルモルトのボトルを並べて詳しくご説明し、お客様の感想に合わせて次の1杯をご提案します。お酒に詳しいお客様には、好みに沿ったおすすめを。「癖があるもの」「マイルドなもの」「ハードなもの」など味わいの好みをおっしゃる方もいれば、「グレンモーレンジィが好きだけど、次のおすすめは何か」と聞かれる方もいらっしゃいます。以前、「ウイスキーを美味しいと思ったことがない」というお客様に1968年のダンカン テイラーのボウモア(37年熟成)などをおすすめしたところ、トロピカルフルーツを思わせる風味に驚かれてウイスキーが好きになってくれたこともありました。

マイナーな蒸溜所や、閉鎖された蒸溜所に価値を見いだす方もいらっしゃいます。例えばキンクレースは、かつて日本で1本15,000円ほどでしたが、今では15万〜20万円。どこに価値を見出すかは飲み手次第であり、値段は需要と供給のバランスによって決まります。

最上のウイスキーは何か。その問いに結論はありません。食前、食中、食後などの状況に適したお酒があるように、TPOや身体の状態で欲しいものが変わります。自分が何を飲みたいのかわからないときは、バーテンダーにお尋ねください。私たちはそのために存在するのですから。

 

日本人のこだわりはウイスキーにぴったり

日本の愛好家の皆様がウイスキーに持つこだわりは、日本人の収集癖と関係があると思っています。外国では当店のようなスコッチ専門店はさほど多くありません。美味しいものが好きなのは当然ですが、ひとつの文化を深く掘り下げて学んでいこうという意欲が日本人のウイスキーファンに共通する特徴ではないでしょうか。

80年代をピークにウイスキーの売り上げが下降傾向にありましたが、六本木という土地柄からか、私が日本人のウイスキー離れを実感したことは一度もありません。現在はやや上昇傾向ですが、それほど急激に変動することもないでしょう。特に当店のようなウイスキーを専門に扱う場所では、需要が安定しているようです。

ウイスキーの飲み方は人それぞれ。蒸溜所のテイスティングのように加水してウイスキーの香りを立てたり、オンザロック、ソーダ割りなどを個々にご提案したりすることもあります。コーラ等で割るのでなければ、極力お客様が飲みたい形でお出しするのもバーテンダーの役割だと思っています。

このバーならではのおすすめは、やはり他店では飲めない銘柄。スタンダードに限らず、あなたがまだ知らないバラエティ豊かなウイスキーの世界を楽しみに来てください。(談)

CASK

東京都港区六本木3-9-11 メインステージ六本木ビルB1
18:00〜 年中無休
03-3402-7373
www.cask.jp

篠崎さんのおすすめウイスキー

●当店で人気
グレンゴイン 17年 1,600円
日本ではあまり知られてないが、もっと評価されてもいいウイスキー。マイルドな甘みで、17年の熟成感がしっかり味わえる一品。いやみがなく、コストパフォーマンスも高い。

●抜群のコストパフォーマンス
ストラスアイラ 25年 2,000円
他のスタンダードウイスキーを1,200円〜1,400円で提供している当店において、25年熟成の豊かな味わいを高いコストパフォーマンスで楽しめるアイテム。

●個人的に楽しみたい1杯
グレンモーレンジィ 1971年 7,000円
今晩、自分がナイトキャップに飲むとしたらこれ。非常にバランスがよく、アフターも余韻も抜群の1杯で、ぐっすりと熟睡できることうけあい。

●日本ウイスキーの熟成
山崎 50年 90,000円
スコッチ・ウイスキーにその本質を倣いながら、蒸溜法に独特な工夫のある日本のウイスキー。日本で一番長い熟成年数を誇る山崎50年。ミズナラの樽で熟成。

●一期一会の1本
セント・ジェームス 1885年 50,000円
ウイスキーではないが、運良く現地で手に入れることができた1885年のラム。実際に現地では博物館入りしているボトルを眺めながら、グラスを傾けるのもバーの喜び。

(2011年春号掲載時)

 

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