ブルックラディとアダム・ハネットの長い約束【後半/全2回】

2月 26, 2026

名匠の哲学を受け継ぎ、さらに大きく広げているアダム・ハネット。ブルックラディの信念は、未来を変えつつある。

文:オールウィン・ギルト

アダム・ハネットの方針を事業に反映させたブルックラディは、長年にわたってあらゆる形態のサステナビリティに注力してきた。社会や環境への責任をまっとうする「Bコーポレーション」の認証を取得したのも、そんな取り組みの成果だ。

しかしハネットが説明する通り、そんな物語自体も進化させなければならない。蒸溜所が再開したとき、ブルックラディのチームはモルトの原料をスコットランド産大麦だけにすると決めていた。だが時が経つにつれ、スコットランドだけでなくイングランドの生産者ともつながりを深めるようになった。それは経済合理性のためではなく、その生産者が興味深い取り組みをしていたからだ。

「バイオダイナミック農法の生産者と協業の話を始めたんです。でもその農家はイングランドのウィルトシャーに住んでいたので、いわば国境の向こう側でした。だからスコットランド限定というルールは見直さなければならないと思うようになったんです」

約20年以上前の決定に固執するだけでなく、協力関係を通じて学び、成長し続けることが重要などだとハネットは気づいた。サステナビリティに焦点を当てることは、一つの小さな枠の中でだけ働くことを意味しない。

シングルモルトウイスキーは「ブルックラディ」「ポートシャーロット」「オクトモア」の3ブランドを製造する。それぞれの明確な個性が、世界のウイスキーファンから敬意を集めている。

アイラ島で栽培される大麦はアルコール収率などが少ないため、牛の飼料用に最適だと考える人も多数だった。だからブルックラディのチームが地元産の大麦を使用するという方針は、現実離れしたものと考えられていた。アイラ島の蒸溜所で使用される穀物は、ほとんどが本土やさらに遠くから運ばれていたのである。

だがブルックラディ蒸溜所は、アイラ産の大麦がウイスキー製造には向かないという通説を変えた。地元の農家と協力して、一貫した支援を続けている。ブルックラディのブランドで地元産の大麦シリーズを生産し、その生産量を徐々に増やしているのだ。

「原料である大麦の出自について語り続けるのは、ブルックラディにとっても重要なことです。スピリッツの製造業者として、協業者選びは大きなメッセージのひとつです。ブランドの方針を対外的に表明していることなりますから」

今日のブルックラディは、アイラ島内に住む約20人の大麦生産者と協力関係にある。蒸溜所で使用する大麦の約50%は、地元アイラで調達したものだ。この協力関係から、アイラ島内の農業コミュニティは年間で約100万ポンド(約2億円)の再投資を受けていることになる。

さらにブルックラディでは、作物の輪作を促して土壌バランスを改善するため、ライ麦栽培をおこなう農家との提携も拡大している。提携先の農家からは、次のようなコメントも届いた。

「ライ麦を栽培した翌年は、同じ畑で栽培した大麦がアイラ島の基準で最高品質になります。単一品目の栽培で収量のみを追求するサイクルから脱却し、ウイスキーの風味を追求する姿勢に賛同しています」

このような地元産の原料や輪作の推進に関わっても、コスト効率よくウイスキーを製造できるわけではない。だからこそ他の大手蒸溜所のほとんどが、今でもブルックラディのような方針には手を出さずにいる。それでもマーク・レイニエから2012年に蒸溜所を買い取った親会社のレミー・マルタンは、ハネットの運営方針を支持し続けている。

親会社の理解と支援によって、ブルックラディのチームはさまざまな実験を続けてきた。その結果として、収益だけを追いかけていたら決して実現できなかったであろう興味深い製品を発売した。ハネットは笑いながら言う。

「多くの業界人がコスト効果を重視しますが、そのコスト効果と風味はまったく別の価値観ですよね。ウイスキーの歴史において、ノージングしながら『すばらしくコスト効果の高い香りですね』などと褒めた人は一人もいませんから」

収益よりも重要な事業の成功を目指して

ブルックラディ再興の理念がそうであるように、ハネットの目的も製造の効率化や企業の収益アップではない。

「僕たちは、正しい目的に沿った行動だけを採用しています。最も安価なウイスキーをつくることや、ボトル1本あたりの利益率を高めることだけが、ウイスキーづくりの目的ではないのです。この行動がアイラ島にとって正しいのか、蒸溜所にとって何が正しい行動なのか、それを見極めるのが肝心です」

ブルックラディのヘッドディスティイラーを10年間にわたって務めたアダム・ハネットは、2025年9月からマスターブレンダーに任命された。だが役職が変わったことで、ハネットの役割が大きく様変わりするわけではないだろう。

ジム・マキューアンを継いで10年後のマスターブレンダー就任は、これまでのアダム・ハネットの貢献を反映させたものだともいえる。ブルックラディらしいウイスキーをつくる技術や、サステナビリティとイノベーションへの取り組みは、ますます確固たる支援を受けることになるだろう。

「今よりも良い状態で、ウイスキーを次世代に残す」それが師から受け継いだアダム・ハネットの哲学だ。

ブルックラディでの長い勤続経験から、ハネットは長期的な視点を持つことの大切さを学んだ。そしてスピリッツの熟成について得られた多くの知識によって、新しい世界へと一歩を踏み出す意義についても考えるようになった。

その一例が、「ブルックラディ アイラバーレイ」の熟成期間を14年に設定した決断だ。これまでと同様に年ごとのヴィンテージは堅持しつつ、今後のリリースでは14年熟成が最善であると判断したのである。ハネットが長年にわたって体得したウイスキー製造の知識から、このような最適解が導き出されていく。

「ヘッドディスティラーになって最初の数年間は、こんな変更をする自信もありませんでした。でもこのような責任の認識は、経験を積むことで身についてくるものなんです」

前任者のジム・マキューアンと同様に、ハネットも自分の決定が将来に大きな影響を与えることをはっきりと認識している。

「将来について、以前よりも真剣に考えるようになりました。いつかは他の誰かがこの仕事を引き継ぐのだという事実を常に意識しています。ただ現状を受け入れるのではなく、どうすれば今よりも良くできるのだろう。次世代のために、どうやって基盤を築き上げられるだろう。そんなことを日々考えています」

そのようなアダム・ハネットの思考は、あらゆるブルックラディの通常業務にも反映されることになる。

「可能な限り、最善の方法で原酒を貯蔵したいんです。この樽に貯蔵しているウイスキーが30年後にボトリングされるとき、そのボトリングを決断するのは自分ではない。そんな現実をますます強く意識するようになりました。まあ年金が足りなくて、まだ仕事を続けていたら別の話になりますけどね(笑)」

ブルックラディの未来は、確かな意思を持った人々の手に握られている。長年このブランドに携わってきたアダム・ハネットは、ブルックラディというウイスキーの将来だけでなく、蒸溜所に関わるすべての人々の成功にも想いを寄せている。さまざまな理想の実現が、多くの人々の協働で支えられる未来に情熱を燃やしているのだ。

ブルックラディのウイスキーづくりは、アイラ島全体を巻き込んだ大きな取り組みだ。この島で生まれ育ったアダム・ハネットは、誰よりもその意義を骨身に染みて理解している。

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