グレンカダムの新しいビジターセンター【前半/全2回】
文:ガヴィン・スミス
だがウイスキーの歴史は、東ハイランドのメーカーに対して少し冷たかった。時を経て生き残ったのは、フェッターケアンとグレンカダムだけ。近年になって、アービキー蒸溜所の創設が新風を吹き込んだぐらいのものである。
ダンディーとアバディーンのちょうど中間地点に、長い歴史を感じさせるブレキンの町はある。かつてのノースポート蒸溜所の跡地には、現在コープのスーパーマーケットが建っている。
そのすぐ隣にあるグレンカダム蒸溜所は、浮き沈みの激しいスコッチウイスキー業界の歴史を何とか生き延びてきた。
特に危なかった時期は、2000年からの3年間だ。当時のオーナーであるアライド・ドメクが、蒸溜所の操業を停止してしまったのだ。果たしてグレンカダムが復活できるのか、一時は深刻に危ぶまれた時もあった。それでも何とか生き延びて、現在がある。
廃業の寸前だったグレンカダムに、救いの手を差し伸べたのは独立系ボトラーズとしても知られるアンガス・ダンディー・ディスティラーズだ。彼らはグレンカダム蒸溜所を2003年に買収すると、シングルモルトブランドとしてのグレンカダムを市場に浸透させていった。
グレンカダムも、アンガス・ダンディー・ディスティラーズも、ウイスキーファン以外にはあまり有名なブランドとはいえない。特にシングルモルトのグレンカダムは、知る人ぞ知るマニア向けの存在だ。ノンエイジからさまざまな熟成年のウイスキーまで、極めて幅広い製品ラインナップを誇っている。だがその歴史は密やかなものだった。
グレンカダム蒸溜所は、1823年の画期的な酒税法改正を契機としてジョージ・クーパーが設立した蒸溜所だ。昨年でちょうど200周年を迎えた老舗の生産拠点である。
創立200周年ともなれば、他の有名ブランドの多くはアニバーサリーを記念した数量限定ボトルと自画自賛のプレスリリースを公開するところだろう。普段は控えめなグレンカダムも、この節目にあわせて大掛かりなプロジェクトを進めてきた。
そのプロジェクトは、以外なことに記念商品の発売ではない。それよりもはるかにコストのかかるビジターセンターの建設だ。
創業200周年にあわせてビジターセンターを建設
グレンカダム蒸溜所がビジターセンターを建設するのは初めてのことであり、チャールズ・ドイグの設計による歴史的なパゴダ2基を再現するという意欲的なものだ。
アンガス・ダンディー・ディスティラーズの広報担当者は、その概要を次のように説明してくれた。
「このたびのビジターセンターを建設するにあたっては、貴重な伝統に敬意を表して、かつて蒸溜所に備わっていた重要な特徴を再現しました。ハイランドらしいパゴダの屋根などがその一例です」
蒸溜所のアーカイブに保管されていたチャールズ・ドイグのオリジナル設計図に着想を得て、現代の意匠も取り入れながら新しい建築に再解釈したのだという。たとえばドイグが設計した換気口は、天窓となって自然光と換気を空間に取り込んでいる。
「グレンカダムの象徴的な建築スタイルを保ちつつ、部分的にはシンプルな構造にして建築過程の廃棄物を最低限に留めています。各換気口の上部には、オリジナルのドイグによる設計を再現した装飾用の尖塔と球体が追加されました」
ビジター体験の開発は、ブランドホームマネージャーのマイケル・ファン・デル・フェーンが中心となってチームを結成した。ファイフのキングスバーンズ蒸溜所で、7年間にわたって同様の役職に就いていた経験者である。
そのファン・デル・フェーンが、今回のプロジェクトについて次のように語ってくれた。
「以前のグレンカダムには、正式なビジター施設がありませんでした。あまり忙しくない時期に、蒸溜所長が来客を案内する程度だったのです。ときどき試飲会が開かれる会議室もありましたが、ビジター向けの施設と呼べるものはその程度でした」
グレンカダム蒸溜所は、もともと2010年頃までブレンデッドウイスキーの原酒提供に重点を置く蒸溜所だったのだとファン・デル・フェーンは言う。しかしアンガス・ダンディー・ディスティラーズがシングルモルトに注力するようになって状況が変化した。
「ウイスキーファンのみなさんが、蒸溜所を見る目も変わってきました。我々もビジターを施設に招き入れることで、より深い関わりと親密さを築きたいと考えたんです。一般にはまだまだ無名なブランドなので、ビジター施設によって注目を集めたいという思いもありました」
(つづく)







