新しいインドの至宝【後半/全2回】
世界的酒造メーカーのラディコ・カイタンがつくるインディアンシングルモルト。ランプール蒸溜所の成長はまだまだ続く。
文: ルチラ・ネオティア
「ランプール セレクトカスク」に続いて、ラディコ・カイタンはさらに耽美な「ランプール ジュガルバンディ」シリーズを発売した。これはランプールの街の誇りである北インド古典声楽の流派「カヤール」へのオマージュとなるウイスキーだ。数量限定の2本ペアで2022年からリリースされ、これまでに全8種を数えるシリーズとなっている。
この地域の「ランプール=サハスワン・ガラーナ」という声楽は、二人のソリストが独立して演奏を競い合い、互いのメロディーを織り交ぜることで複雑で新しいハーモニーが生み出される。
このシリーズは2本1組のセットで販売されるが、すべてバーボン樽で熟成されたウイスキーと別の種類の樽で熟成されたウイスキーの対比を主題としている。なかには独創的なウイスキーもあり、インディアンシングルモルトとしては世界初の試みとなっている。モスカテル樽、カルヴァドス樽、IPA樽、トカイワイン樽、そしてポート樽やマデイラ樽などだ。
第4弾の「ランプール ジュガルバンディ」に含まれるIPA樽熟成のウイスキーは、ホップの香りとモルト風味が絶妙なバランスで調和し、まるでチャイに浸したモルトビスケットのような味わいが高く評価されている。
遡って第2弾の「ランプール ジュガルバンディ」はカルヴァドス樽で熟成され、甘酸っぱいリンゴ(グラニースミス種)、レーズン、リンゴ(ブレイバーン種)が入ったアップルパイを思わせる風味が特徴だ。
第5弾の「ランプール ジュガルバンディ」はトカイワイン樽で熟成され、オレンジの花の香りがホワイトチョコレートの感触に変化する(トカイワインとバーボンの特徴が見事に融合)。
このシリーズを完結させる第7弾と第8弾は、世界各国で今年発売される。第7弾はミズナラ樽、第8弾はペドロヒメネスシェリー樽で熟成されたウイスキーだ。
興味深いことに、インドの酒税規制にあわせて国内向けボトルのアルコール度数は50%に制限されているが、輸出用のボトルはマスターディスティラーが好む度数でボトリングされている。そのためコレクターの間では、輸出ボトルの方が好まれる可能性もあるだろう。これらのウイスキーの小売価格は(300~400英ポンド)で、各国市場の割り当て数量が厳格に制限されている。発売直後に完売する見込みだ。
これほどの人気シリーズなのに、なぜ第9弾の発売を予定していないのか。そんな問いにアビシェクは答える。
「ジュガルバンディは、8部構成の楽曲になぞらえているからです。同じ手法を繰り返すことが、必ずしも創造的とはいえませんから」
コレクターの関心を引く希少性を演出するため、あえてそのような方針にしているのだろうか。アビシェクはさらに答えて言う。
「そんな意図は決してありません。人為的に作り出された希少性は、持続可能なラグジュアリー戦略と呼べません。本当の希少性は、時間や樽の選定など、本当に再生産が困難なケースのみから生じるからこそ意味があるんです」
ヒマラヤとガンジスに抱かれて
ランプールは、そのウイスキーが「インドらしさ」を帯びるようにさまざまな意図を凝らしている。インドにはウイスキーに適した泥炭がないので、ランプールもすべてのシングルモルト製品においてピートの使用を避けている。マーケティング最高責任者のクナル・マダンは語る。
「私たちの取り組みは、インドを世界にアピールし、本物らしさを追求するために自らのルーツに忠実であり続けることです」
そんなインドの誇りを示すウイスキーが「ランプール アサヴァ」だ。これは世界で初めてインド産の赤ワイン樽(カベルネソーヴィニヨン樽)で熟成されたウイスキーである。
ラディコ・カイタンが、事業でもっとも大きく投資している資産は「時間」だ。その事実は、蒸溜所の至る所に表れている。
ランプールのシングルモルトは、フルーティーな香味をハウススタイルの礎にしている。これも意図的にゆったりと時間をかける方針の賜物だ。シングルモルトにはインド産の六条大麦のみを使用し、最大70時間にわたって低温でゆっくり発酵させる。清潔に管理されたインド製の銅製スチル(ブリューフォース社製)で、2回蒸溜(各12時間)される。マスターディスティラーのアヌプ・バリクは語る。
「まるでスロークッキングのようでしょう。このスチルは、精密な制御ができるように設計されているんです。原料から製品まで、中断なく香味を進化させていくのが製造工程の目標です」
その成果は、最終的なスピリッツの香味にしっかり表れている。発酵に24時間かけると柑橘類などの爽やかな果実香が生じ、50時間にわたって発酵させるとバナナ、マンゴー、アンズなどの香りが加わる。ニューメイクはプラムのような香りに加え、トロピカルフルーツやグリーンカルダモンのような香りもある。バリクによれば、オイリーな舌触りは六条大麦に由来するのだという。
ヒマラヤ山脈にも近いランプールでは、特徴的な気候も香味の形成に重要な役割を果たす。ここの冬は1℃近くまで冷え込み、夏は45℃に達することもある。ガンジス川系の流域に囲まれているため、年間を通じて適度な湿度がある。
成長を続けるための伝統継承
貯蔵庫の壁は伝統的なインド建築で好まれる石灰漆喰「チュナ」で覆われ、夏は空調設備がなくても外気より10℃ほど低い温度を保っている。初年度はいわゆる「天使の分け前」がかなり大きいものの、2年目からは平均7%に落ち着く。すべての樽原酒は2~3ヶ月ごとに点検され、基準に達しないものはシングルモルトのラインナップから外される。
興味深いことに、「ランプール 1943 ヴィラサット」はプレミアム商品群の下位に位置づけられている。これはラディコ・カイタンの伝統をできるかぎり手頃な価格のシングルモルトとして楽しんでもらいたいからだ。アメリカンオーク樽で熟成され、ルビーポート樽でフィニッシュし、アルコール度数42.8%でボトリングされたウイスキーの価格は約40ポンド。ランプールの顧客基盤を広げるため、英国のテスコやセインズベリーなどのスーパーマーケットでも販売される予定だ。
ラディコ・カイタンのマーケティング最高責任者を務めるクナル・マダンは、次のように語る。
「遺産というものは、より多くの人々がその実態に触れて理解し、最終的に他の人へと受け継いでいくことで初めて意味を持つようになります。つまり『ランプール 1943 ヴィラサット』は、ランプールの家にみなさんを招き入れる存在として考案された銘柄なんです」
「ランプール 1943 ヴィラサット」の味わいは、多くのボルドーワイン愛好家にも響くだろう。インドのプレミアムワインブランド「アサヴァ・ワインズ」のスタイルが、ウイスキーによって体現されたような印象だ。豊かなモルトとハチミツの風味に続き、赤い果実の力強い風味、スパイスやほのかなバニラの香りなどが広がる。ウイスキーに興味を持ち始めたばかりの人々や、ワイン愛好家でウイスキーの世界に足を踏み入れようとしている人々にもおすすめだ。
ラディコ・カイタンには、新しい世代の力も加わっている。アビシェクの息子であるシヴラージ・カイタンは、南カリフォルニア大学のマーシャル・スクール・オブ・ビジネスで学び、2025年1月に入社した。経営陣の一角には入らず、一からビジネスを学んで実力を身につけようとしている。
シヴラージは、鋭敏な知性がありながら派手さを好まず、億万長者の後継者といったイメージから遠いタイプの人物だ。貯蔵庫を相続できても、実体験は相続できないという真理を理解している。そんなシヴラージが、将来のブランドにかける思いを語ってくれた。
「私の責任は、このビジネスを深く学ぶこと。次の世代にとっても、ウイスキーがなお大きく貢献できるように学ぶのが目下の目標です」
このような教訓について、父のアビシェクはさらに詳しく語った。
「次世代が『決して変えてはならないもの』を正確に理解し、それ以外のすべてを進化させる度胸を持っているとき、初めて後継体制が機能します。将来の世代が『ランプールの個性をそのままに事業規模を拡大した』と言えてこそ、守る価値のある遺産となるのです」
蒸溜所の取材を終えて帰途につく。建設作業員たちは、まだ仕事を続けていた。石造りのスコッチ蒸溜所と異なり、カイタン家はコンクリートと石灰漆喰で新しい遺産を築き上げる。半世紀前までウイスキーを一滴も味わったことのなかった一族は、世界のウイスキーを変革しはじめている。








