ノルウェーの女性たちがウイスキーを変える【後半/全2回】
文:フィオナ・レイン
麦汁は発酵槽内に送られ、そこに酵母も投入される。発酵槽に移送される際には、酵母を活性化するために10ppmの純酸素も添加される。アルコールを生成する一次発酵は通常40~50時間で終了し、穀物由来の微生物と乳酸菌がさらに40~50時間かけて香味の形成に作用する。目標とする発酵時間は約96時間だ。
ビール醸造所から引き継いだ設備には、細心の注意が必要だ。生産責任者のケヴィン・ジョー・ハンセンは説明する。
「蒸溜室には必ず1人が常駐し、5~10分ごとに目視と香りのチェックを続けています」
通常のウイスキー製造と異なる要素もかなりある。制御盤は蒸溜器から見えない場所にあって、給水は下のショップと共用だ。冷却システムは手動で、コンデンサーの材質には銅が使用されていない。
ハイブリッド蒸溜器は単式蒸溜の状態で稼働し、4,000リットルのポットスチルからデフレグメーター付きの4段カラムに蒸溜液を送ることで必要な酒質を達成する。この変則的な蒸溜には、ハンセンのさまざまな工夫が詰め込まれているのだという。
「私たちのスピリッツには、ちょっとした面白い特徴があるんです。制御システムが完璧ではないため、冷却温度は手動で調節しなければなりません。そのため温度が微妙に変化することになります。すると蒸気の流れも一定速度ではなく、それが独特の風味として表現されるんです。こんなやり方は、他ではやっていないでしょう。もちろん正しい方法だと主張するつもりはありません。でも私たちにとっては、うまく機能しているんです」
ブレンダー兼製品開発マネージャーのマーティン・トンダー・スミスは、これらの要素がすべてフェディ・オーシャン蒸溜所のウイスキーに個性を授けてくれるのだと信じている。
「私たちの蒸溜所には、ロールスロイスのような高級な設備がありません。でも非効率で独特な設備から、少なくとも個性の一端が生み出されます。そもそもこの場所で、この設備から良いスピリッツをつくるのは難しく、その難しさが生産スタッフ全員に忍耐を要求します。うまくいかないことが1回、2回、3回と続いても、その作業を諦めたりしません。うまくいくまで、何度でも続けるんです」
そう語るスミス自身、ノルウェーのウイスキー界ではすでに有名なブレンダーだ。近くにある貯蔵庫では樽1400本分の原酒が熟成されている。樽から採取したサンプルの横で、スミスが環境要因の香味について説明する。
「フェディ・オーシャン蒸溜所では地表水を仕込み水に使用しています。この島は標高が低いので、嵐の時には全土が海水に洗われます。そのため地表水がかなり塩分を含んでいることもあるんです」
発売するウイスキーのブレンディングを担当するスミスは、フルーツやトフィーの香りに加え、そこに含まれる海水のようなニュアンスを指摘する。
「大麦モルトも通常のスピリッツ用モルトではなく、ピルスナービール用のモルトを使用しています。ウイスキーの香りが、かなりモルティに感じるのはそのためです」
この独特なモルト感をしっかり引き出すのもスミスの仕事だ。さらに発酵工程では、活性乳酸菌も独特な香味の生成に作用するのだという。
「ブレンディングで最も重要なのは、すべての香味要素が均等に調和したウイスキーをつくること。樽の香りが発酵の特性を圧倒したり、発酵の特性がモルト感を覆い隠したりしてはいけません」
蒸溜所の銘柄「フェディ」の主力商品は、4年熟成のシングルモルトウイスキーだ。この商品を安定供給するには、一貫した品質管理も不可欠になる。スミスは2021年以来、その重要な役割も担ってきた。
「それぞれの工程の結果が、要求する水準を満たしているのか品質のチェックを続けています。それが済んだら、後は自然の摂理を信頼して待つだけです」
ニューメイクスピリッツを熟成するのはバーボン樽が主体で、一部はファーストフィルのオロロソシェリー樽にも入れられる。原酒の入った樽は、もともと船舶製造工場だった巨大な倉庫にダンネージ式で貯蔵されている。この倉庫は蒸溜所から離れているが、蒸溜地と同様に海に面した場所だ。いわゆる天使の分け前(蒸発率)は年間約1.5%である。
旅情たっぷりのビジター体験
ブレンダー室の窓からは、島と本土を結ぶフェリーが見える。フェディ・オーシャン蒸溜所が、この島にもたらした広範な影響力を思い起こさせる光景だ。
蒸溜所見学ツアーは、この島に観光客を呼び込んでくれた。そのまま宿泊したければ、自炊式の宿泊施設がある。創業者のアンネ・コッパンが、イワシの缶詰工場を改装した施設である。フェディ・オーシャン蒸溜所を観光地化するため、コッパンは専用の会社を設立してこのような観光施設を用意している。
蒸溜所の製品ラインナップは、受賞歴のあるロンドン・ドライ・ジン、ユニークな牡蠣殻ウォッカ、ノルウェー産アクアヴィットなどと多岐にわたる。それぞれの商品が、フェディ・オーシャン蒸溜所の知名度拡大に一役買っている。
しかしここでフェディ・オーシャン蒸溜所が直面するもう一つの奇妙な事情を説明せねばならない。ノルウェーの厳格な酒類規制により、蒸溜所は敷地内でのウイスキー販売が禁止されている。そのためビジターがウイスキーを味わうには、国営の酒類販売店(最寄りのヴィンモノポレット支店は40km離れたクナルヴィクにある)まで足を運ぶ必要があるのだ。
ノルウェー国内で「フェディ」のウイスキーは好評を博し、初回出荷分は完売した。その後はスウェーデン市場にも進出し、2025年10月にはロンドンで開催されたウイスキーショーで英国デビュー。現在では英国内でも購入可能だ。
このような動きは、フェイエ島にポジティブな経済効果をもたらしている。雇用を創出し、島内での消費も活性化した。だがそもそも小さな島であることから、ここでスピリッツ事業や観光業を発展させることで自然環境に与える影響も気になる。創業者のアンネ・コッパンは次のように語る。
「ここを訪れたみなさんが、島にもたらされた良い変化を実感していただくのが私の願いです。だからこそ、フェディ・オーシャン蒸溜所の開発をサステナブルな形でおこなうことが絶対条件でした。それが創業当初からの方針なのです」
スピリッツの原料には、認証を受けた有機栽培の作物のみを使用する。蒸溜所から出る最大の廃棄物は酒粕だ。これはすべて本土に送られて豚の飼料になる。シングルモルトのボトルは軽量で、50%以上が再生ガラスでできている。
ウイスキーメーカーとして、フェディ・オーシャン蒸溜所はスコットランドに敬意を表している。スコットランドのリースにあるデザイン会社「コンテイジャス」がブランディングを担当し、特注ボトルは多くのスコッチ蒸溜所も利用するヨークシャーのヴェラリアに依頼している。
ボトルのデザインは、ウイスキーの出自にふさわしい物語を体現している。点線模様のエンボスは、女性投資家たちと島民の絆を表したものだ。
フェイン島の西側にある崖には、ある標識が立っている。それはこの島が、ノルウェーの首都オスロよりもスコットランドのシェトランド諸島に近いことを示す標識だ。
ノルウェーの僻地でありながら、スコットランドとのつながりも意識させるフェイン島。このユニークな土地の感覚が、「フェディ」のウイスキーに独特な個性を与えてくれる。事業を昇華させた女性たちの力は、さまざまな彩りに包まれているのだ。








