ジンで成功したイングランドの農場蒸溜所が、ウイスキーづくりに乗り出した。ローズマウンド・ファーム蒸溜所を訪ねた2回シリーズ。

文:ヤーコポ・マッツェオ

世界的なウイスキーブームの背景には、いつも優れた新進ウイスキーメーカーの誕生があった。創業にまつわる秘話は、蒸溜所ごとにさまざまだ。構想から瓶詰めまで、数年のうちに成し遂げるスピード開業も多かった。その一方で、じっくりと10年以上の準備期間を経てようやく商品を世に出す蒸溜所もある。

英国イングランドにあるローズマウンド・ファーム蒸溜所は、まちがいなく後者に当てはまる。所在地のヘレフォードシャーは、見渡す限りの田園地帯だ。農場としてのローズマウンド自体には、何ら新しいものはない。ここはかつて重要なホップの栽培地として栄えた時代もあり、その長い歴史は蒸溜所の建築様式にも刻まれている。

農場の敷地内に蒸溜施設があるファーム・ディスティラリーという運営形態も、決して新しい試みではない。共同所有者のジェームズ・チェイスは、2008年に家族がジンとウォッカのブランド「チェイス」を大成功させた。家族経営なので、農場を管轄する弟のハリーと父のウィリアムも尽力した。当時の事業は英国産のジンを復興させる原動力となり、コロナ禍が収束してすぐ大手のディアジオに売却された。

ヘレフォードシャーの田園地帯で、ファーム・ディスティラリーとして出発したローズマウンド。かつては原料のジャガイモを自前で栽培し、現在はマリスオッター種の大麦でこの地方のテロワールを表現している。

家族経営で成功させた「チェイス」の事業は、透明なスピリッツが中心だった。それでもジェームズ・チェイスは、2012年からウイスキー製造と樽熟成の実験を開始している。やがて熟成中のウイスキーは500樽に及び、その規模は発売前から注目されるようになっていた。すべての原酒が、イングリッシュシングルモルトウイスキーとして発売される未来のコレクションである。

ジェームズは、ウイスキー製造に乗り出したいきさつについて次のように振り返る。

「飲料業界は、世界を旅させてくれる分野です。同業の先輩たちを訪ね歩くうち、家族経営の蒸溜所や輸入業者などの素晴らしい人たちと出会えました。最初はジンとウォッカの製造だったので、訪問先ではジントニックなどの試飲から始まります。でも夜が更ける頃には、ウイスキーやコニャックを味わっていることも多かったんです。そんな出会いと体験が、樽熟成の探求を始めるきっかけになりました」

だがウイスキーの原酒を入れた樽は、しばらくそのまま蒸溜所に放置されたままになった。当面の活用計画も特になかったのだという。しかし2024年になって、大きな変化が訪れる。ディアジオが「チェイス」のジンとウォッカの生産をスコットランドに移転したのだ。事業がこの地を離れたことで、熟成中のウイスキー原酒を活用しようという動機が生まれた。

「チェイスのブランドをスコットランドに移すと電話で知らされた時、ちょっと心が沈むような気持ちでした。ディアジオはこの蒸溜所に多大な投資をしていたので、将来もずっとここでジンとウォッカを生産していくものと考えていたんです。でも同時に、ここで新しい自分たちの事業を始める絶好の機会だとも悟りました。だから家族で蒸溜器と樽を買い戻したんです」

ジンとウォッカからウイスキーの生産に乗り出す

当初は新しいスピリッツをつくらず、在庫として残っているウイスキーを徐々にリリースする計画だった。みな数量限定のウイスキーとなり、売り切れたら二度と手に入らない希少品だ。そんな販売計画を立てながら、やはりローズマウンド蒸溜所でスピリッツの生産を再開しようという構想が膨らんでいった。もともと家業として始めた蒸溜所の運営を復活させ、ウイスキーメーカーとして新たな息吹を吹き込むのだ。

ここ1年間で、ジェームズとハリーのチェイス兄弟は蒸溜所を買い戻し、事業をともに進めてくれるパートナーやチームの編成に注力した。パートナーの一人は、映画『スナッチ』や『ジェントルメン』で知られるガイ・リッチー監督だ。

そして現在の蒸溜所は、チェイス時代から製造現場に携わってきたウィリアム・スキナーが率いている。マスターブレンダーを務めるのは、バーテンダー兼作家のトリスタン・スティーブンソンだ。ジェームズが、トリスタンの起用について説明する。

「トリスタンは、新世代のウイスキー愛好家を代表する存在です。まさに我々が今必要とする人物でした」

ローズマウンドを経営する共同所有者のジェームズ・チェイス。ジンとウォッカの「チェイス」を皮切りに、家族で農場付きの蒸溜所を成功させてきた。

青いラベルは、樽熟成で実験的な試みをした「ディスティラーズ・チョイス」シリーズ。原料と樽の調達を強化し、今後も大幅な増産を計画している。

蒸溜所で眠っていた膨大な樽原酒のコレクションから、初めてリリースされた製品は明確なビジョンを体現している。イングリッシュウイスキーの製品としては立派な10年熟成のシングルモルトを発売することで、ローズマウンドのブランドは最初から高品質なシングルモルトのカテゴリーに位置づけられることになった。

伝統的なシングルモルト愛好家に敬意を示しつつ、新世代のウイスキー愛好家を惹きつける味わいだ。マリスオッター種の大麦を使用し、原酒は主にファーストフィルのバーボン樽とペドロヒメネスのシェリー樽で熟成されている。アルコール度数は47%で、バーボン樽の影響を顕著に感じさせる。リンゴ果樹園を思わせる独特の香りや、豊かな柑橘系のスパイスが特徴だ。口当たりは甘く、焼き菓子とハチミツの風味が広がる。

ローズマウンド・ファーム蒸溜所にもともとあった設備は、その多くがジャガイモを原料としたスピリッツの蒸溜用に設計されていた。そのため古い設備はもう使用されておらず、現在は「ファット・ベティ」と名付けられた銅製ポットスチルのみで蒸溜がおこなわれている。

また蒸溜所には「マキシマス」と名付けられたカラムスチルもあり、将来はハイボール向けにつくられる軽やかなウィートウイスキーに使用される可能性があるのだとジェームズは明かす。

「残念ながら、リンゴとジャガイモ用に設計された発酵設備は大麦に対応できません。そのため現在は、ウォッシュを近隣のホブソンズというビール醸造所に委託しています。いずれはオープントップ型の発酵槽を備えた発酵棟を建てようと考えています。巨額の投資になりますが、今後5年以内に実現できそうな見込みです」
(つづく)