業務縮小や解雇を余儀なくされる他州のメーカーとは異なり、ハンドサニタイザーを生産しながら業務の継続を期したケンタッキーのバーボン業界。柔軟な対応で、新しい状況に適応している。

文:マギー・キンバール

 

パンデミックの困難な時期を乗り切るため、ケンタッキー州のウイスキー蒸溜所も多くの時間と労力を費やしてきた。その鍵になっていたのは、地域共同体との一体感だ。ケンタッキー蒸溜酒業者協会の代表を務めるエリック・グレゴリーが語る。

「協会員となっている蒸溜所は、感染拡大期に素晴らしい努力を続けてくれました。まず第一に、従業員の健康と安全を守ること。第二に、まだ正式な依頼がないうちからハンドサニタイザーを生産してくれたこと。本当に議論もないまま、すぐにみんながハンドサニタイザーの生産体制へと転換したのです」

まとまった量を生産できる大規模な蒸溜所は、病院や緊急対応にあたるエッセンシャルワーカーにサニタイザーを寄付した。小規模なクラフト蒸溜所も、コスト高に関わらずサニタイザーを生産して地域で販売したのだとグレゴリーは言う。

「州内でウイルス感染を抑えるための自発的な行動でした。クラフト蒸溜所の多くは、サニタイザーを安定的に供給することで地域の不安を取り除き、同時に蒸溜所の操業も続けられたのです」

路面販売、ハンドサニタイザーの生産、カクテルのテイクアウトといった収益はあったものの、やはり観光業は壊滅的な打撃を被った。特に小規模な蒸溜所の多くは、観光客からの収入に頼っていたので影響も大きい。

グレゴリーは、他の酒造組合や全米規模のクラフトメーカー組合とも綿密に連絡を取っていた。そのため他州の新しい小規模メーカーが、閉鎖や従業員の解雇を余儀なくされている現状についても聞き及んでいた。しかし彼が知る限り、ケンタッキーにはまだ閉鎖された蒸溜所がひとつもないという。
 

復活の日を見据えて

 
今後の予測や事前対策についいて、ケンタッキー蒸溜酒業者協会はケンタッキー大学の感染症専門家に相談していた。ケンタッキー蒸溜酒業者協会では、30ページに及ぶレポートを発行。官庁職員や蒸溜所に求められる行動をわかりやすく説明するための資料として活用してきたのだとエリック・グレゴリーは語る。

「専門家のアドバイスは、何から何まで当たっていました。特に重要なのは、効率的な復活戦略をしっかりと用意した上で、ワクチンの登場を待つということ。どんな計画を実行しても、24時間以内に撤退させられるような準備や心構えも必要です」

2020年は、「ケンタッキー・バーボン・トレイル」が始まって21年目となる年。 「ケンタッキー・バーボン・アフェア」や「バーボン・アンド・ビヨンド」などの恒例イベントがすべて中止され、トレイルの継続的な成功を祝う5〜8月の計画もすべて来年まで順延になっている。

ケンタッキー州の蒸溜所は、それぞれが自発的にハンドサニタイザーの生産で地域への貢献を優先した。柔軟な対応で新しい時代に適合するのは禁酒法時代から変わらない伝統だ。

「感染症対策だけでなく、社会問題への解決にも取り組まなければなりません。ジョージ・フロイドの死だけでなく、私たちの地元ケンタッキー州ルイビルで起こったブリオナ・テイラー射殺事件に対しても、みんなが憤っています。このような事件は、ウイスキー業界の歴史を見つめ直すきっかけになりました。過去2世紀にわたって、この業界も主に白人男性が運営してきた経緯があります。やるべきことは、まだまだたくさんあるのです」

将来のある日、ふと過去を振り返って『あの年が大きな節目だった』と思えるような歴史の転換点。現在は、間違いなくそのような時期なのだとグレゴリーは語る。

「ケンタッキー蒸溜酒業者協会は、奨学金の給付を検討しています。数週間のうちに諮問委員会を設置して、奨学金の内容や対象を正しい方向性で決定する予定です。これは根本的な変化を促すことになるでしょう」

ケンタッキーバーボン業界は、このような大変革を何度も経験している。新しい時代に適合するための柔軟性は、何世代にもわたって受け継がれてきた業界の強みでもあるとエリック・グレゴリーは語ってくれた。

「私たちは、どんな状況にでも適応して進化します。何といっても、あの禁酒法を生き延びた歴史があるのですから。生き残るためなら、あらゆるチャレンジを厭いません。たくさんの蒸溜所が、もう2021年のスタートを心待ちにしていますよ」