伝統を尊重しながら、あくなき実験精神も発揮する。多彩なジャーマンウイスキーには、ドイツらしいクラフツマンシップが宿っている。

文:ハリー・ブレナン

 

ドイツらしい几帳面な品質へのこだわりは、やはりこの国のウイスキーにも反映されている。だがドイツウイスキー生産者協会(VDW)が、個々のメーカーに厳しい基準を押し付けてきたりする訳ではない。

このVDWの主な活動といえば、国内の重要な生産者を消費者に紹介したり、ジャーマンウイスキーのフェスティバルを毎年開催したりする程度である。その点で規制の多いスコッチウイスキー協会(SWA)とはかなり性格が異なってくる。

ヘルシーニアン蒸溜所で使用されているポットスチル。蒸溜器の製作を得意とし、ビール大国であるドイツにはウイスキー製造の土台がいつもあった。

ジャーマンウイスキーのメーカーたちは、ひとつの狭い枠組みで語られることに強く抵抗している。スコッチを模範にした伝統的なスタイルのシングルモルト蒸溜所でさえ、かなり実験的な試みに積極的なのだ。

ジャーマンウイスキーの代表格であるザンクト・キリアン蒸溜所は、アイラ島のキルダルトンを思い起こさせるような白と黒の外観が印象的だ。周囲のマイン渓谷には、スペイサイドと見間違うほどの美しい眺めが広がっている。

しかしこのザンクト・キリアンも、思いつく限りの多彩な熟成樽で実験を重ねている。ハーブリキュールを貯蔵した樽、バルサ材、アンブラーナ材、さらには形状やサイズもさまざまに工夫した樽を駆使してスピリッツを熟成するのだ。

ザンクト・キリアンからわずか数キロのツィーグラー蒸溜所も同様だ。看板商品のウイスキー「フロイト」をドイツ産の栗材やシュペッサルト産のオーク樽に入れたり、自社製のプラムブランデーを熟成した樽に入れたりして独特な香味を授けている。

ドイツといえば、ビール業界には大麦モルト以外の原料を禁止する有名なビール純粋令(ラインハイツゲボット)がある。だからこそ自由闊達ドイツのウイスキー業界を見るにつけ、SWAの規制が窮屈なものに思えてくる。

ザンクト・キリアンでガイドの一人として働くシュテファンが、ドイツにおけるウイスキーづくりのアプローチを「あくなき多様性」と表現してくれた。最も一般的なスタイルはシングルモルトだが、スペルト小麦、小麦、オーツ麦、ライ麦などの穀物も原料として幅広く使用されている。

特にライウイスキーは、スコットランドやアイルランドよりもはるかに一般的だ。ライウイスキー専用の蒸溜所も多く、「ストーククラブ」を生産するシュプレーヴァルト蒸溜所などが有名である。

だからジャーマンウイスキーの特徴といえば、評論家のハインフリート・タッケが記している「多様性」に尽きるということになる。これぞジャーマンウイスキーと言えるような統一要素はない。これはスコットランドのようにはっきりと定義された生産地ごとのスタイルが存在しないことも意味する。

「ドイツでは、短期的に有名なウイスキーの産地が出現するとは思えません」

ザンクト・キリアンのシュテファンも、そう断言している。
 

ジャーマンウイスキーが多種多様な理由

 
ジャーマンウイスキーにおける地域区分といえば、ざっくりとドイツを南北に分けた程度のあいまいなものだ。北ドイツの伝統的な蒸溜酒といえば穀物原料の「コルン」で、南ドイツではフルーツを原料にした「シュナップス」が一般的だった。

しかしこの伝統の相違が、新しく生産するウイスキーにどんな影響を与えているのかを一言で定義するのは難しい。

ヘルシーニアンの蒸溜責任者を務めるアンナ・ブッフホルツ。頑固なまでに高品質を追求するドイツらしいディスティラーだ。

北ドイツを代表するハベル蒸溜所のイェンス・キューリングによると、南ドイツの蒸溜所はハベルよりも果実味が強いスタイルのウイスキーをつくる傾向が強い。そのわかりやすい例が、シュリアス蒸溜所のスピリッツに含まれる青リンゴのようなアロマだという。

南ドイツのシャイベル・ミューレ蒸溜所は、文字通りシュナップス製造の影に隠れたウイスキー部門として出発している。それでも南ドイツの蒸溜所が、伝統的なシュナップスの枠を超えてウイスキーをつくろうとしているのは興味深い。

ザンクト・キリアンのシュテファンは語る。

「ドイツはシュナップスだけの国という先入観が、もはや時代遅れであることをわかってもらいたい。それがザンクト・キリアンの願いでもあります」

もちろんスコットランドのウイスキー産地にも多くの例外がある。ウイスキーは人間が手をかけた人工物であると同時に、有機的な自然の要素も多分に含まれている。結局は自然の恵みを生かした意識的な選択の産物なのだ。

シュヴァーベン、シュヴァルツヴァルト、フランケンなどドイツ各地のウイスキー蒸溜所は、いずれその地域ごとに特有の香味やスタイルを確立させていく可能性もある。だがドイツ国内における特定のウイスキー産地が、すぐに際立って発展していくという予想は誰も立てていないようである。

このようにカテゴリー化が未成熟な多様性のおかげで、ジャーマンウイスキーの特性は国内の場所によって大きく異なっている(この点に異論を唱える者はほとんどいない)。

ヘルシーニアンの蒸溜責任者を務めるアンナ・ブッフホルツが指摘するように、オーストリアやチェコなど他のヨーロッパ諸国でも状況は似ている。ドイツがこれらの国と違うのは、その経験の豊かさと蒸溜所の数の多さだ。ウイスキー評論家のハインフリート・タッケは次のように語っている。

「多様な特性でつかみどころないジャーマンウイスキーですが、隣国のウイスキーとの差別化には成功しています」

この点は勇気づけられることではあるが、今日のジャーマンウイスキーが直面する真のジレンマも示唆している。蒸溜所の多様性と独立性を失うことなく、この国のウイスキーの名声を総体として発展させるにはどうすればいいのだろうか。
(つづく)