日本に学んだ世界のウイスキー(第1回)
ミズナラ新樽熟成、ベインブリッジ「ヤマ」
日本のウイスキーづくりをヒントにした、ユニークなウイスキーが世界各地で生まれている。今回ご紹介するのは、米国で生まれた「ベインブリッジ『ヤマ』ミズナラカスク」。素晴らしい味わいの背後には、語り継ぐべき歴史があった。
文:ステファン・ヴァン・エイケン
日本のウイスキーの歴史は、スコッチウイスキーの伝統から出発している。だが約100年に及ぶ発展過程で盛り込まれた日本独自の工夫が、今では海外のウイスキーメーカーにも影響を与えるようになった。
そんな「日本に学んだ世界のウイスキー」を紹介するシリーズの第1弾は、「ヤマ」。米国ワシントン州のベインブリッジ・オーガニック・ディスティラーズが、ミズナラ樽で熟成したシングルグレーンウイスキーである。
「ヤマ」という商品名は、シアトル沖のベインブリッジ島に実在した村名からとっている。1883年創立のヤマ村は、ベインブリッジ島に住み着いた日本人移民たちの村だった。茶屋、風呂屋、寺院、宿泊施設、店舗などが建ち並び、日本人の家族がたくさんの子どもたちと一緒に暮らしていた。ヤマ村の男たちは、多くがすぐそばの製材所で働いていたが、1922年にこの製材所が閉鎖になると大半の住民が島内で移住。90年以上が経った今、かつての村の跡地は草木に覆われている。
米国にある日系移民一世の居住地のなかで、再開発による破壊がおこなわれず最後まで残った村のひとつがこのヤマ村だった。ベインブリッジ・オーガニック・ディスティラーズの創設者であるキース・バーンズ氏は、この歴史の1ページを人々に知ってもらおうと、自社でつくるウイスキーの熟成にミズナラ材の樽を使うことにしたのである。
この類まれなプロジェクトについて、キース・バーンズ氏にお話をうかがうことができた。
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ステファン:
日本のウイスキー以外で、初めて手づくりのミズナラ樽のみで熟成されたウイスキーが「ヤマ」であるとのこと。最初から最後まで、本当にミズナラだけで貯蔵したのですか?
キース・バーンズ:
その通りです。最初から最後まで、ミズナラの新樽のみで熟成されています。樽材は北海道で手に入れて米国まで運び、アーカンソー州ホットスプリングスにある家族経営のギブス・ブラザーズ・クーパレッジで樽に組まれました。「ヤマ」は100%ミズナラ熟成のウイスキーです。
ステファン:
未製麦(アンモルテッド)の地元産大麦麦芽を使用していますが、通常の製麦済みモルトに比べて、どのような特徴をスピリッツにもたらすのでしょうか?
キース・バーンズ:
「ヤマ」は、アメリカ合衆国農務省認定品種の「オーガニックアルバ」と「フルパイントバーリー」をすべて未製麦のまま使用しています。私たちがいつもスピリッツで表現しようとしている要素のひとつは穀物のフレーバーであり、これこそが生産地特有の風味であると考えています。とりわけ未製麦の大麦は、製麦済みの大麦に比べて複雑な穀物らしい特徴を余すところなく保持しています。そこから生まれるスピリッツの重みが、ミズナラの新樽から得られるスパイスや独特の風味と完璧なコントラストをなしてくれるのです。
ステファン:
日本でミズナラ材を手に入れることは、非常に難しくなっています。日本のウイスキーメーカーもミズナラ材を確保するために八方手を尽くしていますが、競争が激しく価格も高騰しています。いったいどうやって手に入れることができたのですか?
キース・バーンズ:
我が社がモットーにしている絶え間ない努力、諦めない粘り強さ、そして家族の力の賜物です。ときどき市場に出回る少量のミズナラ材に、優先的に入札できるよう取り計らってくれる日本の友人たちに恵まれました。「ヤマ」をつくってきたここ5年の間に、入札の競争は激化して木材の価格もかなり上がっています。なんとか入手できた木材の多くも、他のウイスキーメーカーに競り負けないよう高値で入札しなければなりませんでした。またこうして「ヤマ」が発売されたことで、これから私たちが大量の木材を確保するのはますます難しくなっていくでしょう。
ステファン:
日本でミズナラ樽といえば、大型(パンチョンサイズ)のものばかり。木材の性質が扱いにくいので、小ぶりの樽を作るのが難しいと樽職人たちは言います。でもベインブリッジの樽はとても小さいですね(38Lと57L)。ミズナラを扱った経験のない樽職人たちでも、問題なくつくれたのでしょうか?
キース・バーンズ:
ミズナラ材から10〜15ガロンの樽をこしらえるのは、難しいなんてものじゃありませんでした(笑)。木材は本当に扱いにくく、樽詰めしたスピリッツが漏れたり染み出したりしていないか四六時中見張っていなければなりません。もし樽職人にミズナラの経験があったら、このプロジェクトへの参加を断られていたのではないかと思います。でもジェイ・ギブスは才能と経験にあふれた樽職人で、じっくりと時間をかけながら、これらのバレルを手づくりする意欲がありました。初回納品分のミズナラバレルが完成したあと、ギブス・ブラザーズは社員に1週間の休暇を与えました。あの木材を損傷なしで曲げるために、みんな相当の苦労をしたようです。検討の結果、中央部の膨らみが少なく、反りをおさえた形状にすることで、木材にかかるストレスを減らして漏れにくいバレルができたのです。とても美しく、フレッシュなミズナラのアロマも見事。ぜひ実際に見ていただきたい、本当に素晴らしい樽です。
ステファン:
とはいえ、ミズナラ樽の漏れやすさは生来のもの。何か問題は発生していますか?
キース・バーンズ:
確かに漏れは多いし、蒸発率も高いのは事実。それでも私たちは漏れを最小限に抑えて修復する方法を学びました。また蒸発を抑えながら、この島の潮風が樽に風味を授けてくれるような貯蔵環境も見出しています。
ステファン:
日本ではミズナラ熟成に関してさまざまな議論があります。あるウイスキーメーカーは、ミズナラがスピリッツに好ましい影響を及ぼすためには20年ほどの歳月が必要だと考えています。しかしそれよりかなり短い熟成期間でウイスキーをつくったり、フィニッシュに用いたりしている別のメーカーは、短期間でも個性的なウイスキーができると考えています。この点についてどのようにお考えですか?
キース・バーンズ:
ウイスキーメーカーはどこも独自の品質を確立して、それぞれの見解や哲学を表現しようと努力しています。だからミズナラ材の最適な使用法について日本国内でも見解の相違があるのは当然でしょう。ベインブリッジ・オーガニック・ディスティラーズは、バランスと対比、複雑さとニュアンスを常に追求しています。ミズナラ材を焼いたり、内側を焦がしたりする際にはさまざまな要素を考慮します。原料となる穀物の種類、複数の穀物を組み合わせる際のレシピ、発酵や蒸溜。それらのすべてがミズナラ樽熟成に最適化されていなければなりません。小規模な蒸溜所なので、可能性への挑戦にはオープンです。すべての小さな決断が、ウイスキーの特徴を形づくります。樽材を含むすべての原料が本来の個性を輝かせることで、私たちに無限の可能性を与えてくれるのです。
ステファン:
現在、貯蔵庫にミズナラ樽はいくつありますか? この樽を使った将来のプロジェクトや、他に日本のウイスキーづくりを取り入れた商品の企画はありますか?
キース・バーンズ:
これから届く分を入れても、「ヤマ」に使用するミズナラバレルの数は100を下回ります。決して多くはありませんが、限られた量のウイスキーとなるのは先刻承知のことでした。注目を浴びる瞬間もあれば、やがては忘れられていくのも変わり種の運命。できればこのウイスキーがさざなみを起こし、自然の摂理で波がどんどん弱くなっていっても、引き続きそのかすかなうねりが感じられるような成果を目指したいと思っています。はっきりと言えることは、「ヤマ」がジャパニーズウイスキーのまがい物でも、ただの物真似でもないということ。明治維新の頃、危険を冒してまでこのベインブリッジ島に渡ってきた日本人移民たちの物語を知ってもらうために「ヤマ」はつくられました。彼らがここで築いたヤマ村は、島のユニークで重要な特徴の一部になったのです。今では村もなくなりましたが、彼らが残したインパクトは今まだここに息づいていて、そのさざなみが感じられるのです。
ベインブリッジ「ヤマ」をつくるためにミズナラ材を使ったのは、それが移民たちの故郷の産物だからです。 馴染み深い土地から、挑戦と可能性に満ちた未知の土地へ、彼らの足跡を辿るようにして木もこの島にやってきました。先祖たちが切り拓いた村を称えるウイスキーをつくることで、確かにここにいた人々との正統なつながりを生み出したい。ミズナラ材が、そのつなぎ役となりました。
今後もヤマ村に関する学術的な研究やフィールドワークを支援していきます。ベインブリッジ「ヤマ」の販売によって、この歴史の1ページを確かに記憶し、先人たちの努力の物語を将来の世代へ伝えていくのが目標です。
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素晴らしいのは、プロジェクトの趣旨と豊かな発想だけではない。このウイスキーには、単独で評価できる素晴らしい品質も備わっている。4月中旬、「ヤマ」は、米国を代表するスピリッツコンテスト「アルティメット スピリッツ チャレンジ」で95ポイントという高得点を獲得したのだ。
来日する外国人旅行者たちは、滞在中に特別なジャパニーズウイスキーを探している。それと同様に、このウイスキーは私たちが米国旅行中にぜひとも出会ってみたい特別な1本だ。