スコットランドにも波及する米国のクラフトウイスキーブーム【後半/全2回】
「ローンウルフ」と共に、アメリカ流のアプローチでクラフトウイスキーをつくり始めている「ツインリバー」。ビール醸造のノウハウを活かした試行錯誤は、新しいスコッチウイスキーの地平を切り拓くのだろうか。
文:ガヴィン・スミス
ブリュードッグが創設したローンウルフは、幅広い蒸溜法に対応する先進的で機能的な生産環境を特徴としている。これに対して、ディーサイドブリュワリーに併設されたツインリバー蒸溜所はかなり質素な印象だ。2016年のスピリッツ生産量は30,000L。ロイヤルディーサイドにあるバンチョリーの町の中心部からは2キロ半も離れており、案内標識もない細い道を走ってようやく古い石造りの農家の建物に辿り着く。「ツインリバー」という名前は、この地域を流れるドン川とディー川に由来したものだ。
ツインリバーを運営する中心的な人物の一人が、かつてIT起業家として活動していたマイク・ベイン氏である。休業していたディサードブリュワリーを2012年に購入し、場所を移転して再稼働に着手。スーパーマーケットのチェーンで販路を獲得し、事業を軌道に載せた経緯について教えてくれた。
「現在もビールは生産可能量いっぱいに生産しています。私たちのビールは、ブリュードッグに比べるとメインストリーム寄りのタイプ。代表銘柄のエールは『マクベス』ですが、ラガー、アメリカンIPA、80シリングエールも造っています」
このビール事業が成功して生産量を拡大させたベイン氏は、いよいよスピリッツ事業にも参入することにしたのである。
「ウイスキーもつくってみようと決めたのは2016年のこと。ビール事業の中間目標を達成したと判断したからです。まずは容量500Lの『iStill』でスピリッツの蒸溜を始めましたが、同じメーカーから容量2,000Lのスチルも購入しました。iStillはオランダ製で、材質はステンレス。スポンジ状に編まれた『ワッフル』と呼ばれる格子状のマットだけが銅製という変わった構造です」
ご存じのない方のために説明すると、iStillの外見はスチルというよりも薪ストーブに似ている。この蒸溜施設の光景を見た人が、ローンウルフから良い意味で保守的なイメージを受け取る原因のひとつだ。ベイン氏の説明は続く。
「完全にオリジナルなジンをつくるために、ニュートラルなグレーンスピリッツも蒸溜しています。でも本当につくりたいのは、やっぱりウイスキー。自家製のビール酵母があるので、ウイスキー酵母と併用しています。『80シリングエール』のレシピで造ったウォッシュ(エール)を、ウイスキーの蒸溜に回しているんです。この80シリングエールは当社の売れ線ビールという訳ではありませんが、良質なウイスキーづくりに欠かせないものになっています。モルト原料は主にペールモルトで、一部チョコレートモルトも加えます。熟成は、容量55Lと200Lのアメリカンオークの新樽。オークの新樽は、チョコレートモルトとの相性が抜群なんですよ」
既存のルールには固執しない
2回蒸溜によるウイスキーづくりが始まったのは、2017年7月18日のことだ。生産の試行錯誤について、マイク・ベイン氏は詳細を明かしてくれる。
「チャーのレベルをミディアムにして、チョコレートモルトを使用すると、スピリッツに素晴らしいスモーク香が備わることがわかりました。ビル・ラムズデンさんが、『グレンモーレンジィ シグネット』でチョコレートモルトを効果的に使用していましたね。このレシピでつくったスピリッツをさらに仕込む予定ですが、それとは別の実験もおこないます。今は試行錯誤が多く、とても面白い時期ですね。定期的にテイスティングしながら最良の熟成状態を見極めますが、熟成期間は約3年を見込んでいます」
ライウイスキーをつくって、アメリカンライウイスキーを貯蔵した200Lの古樽で熟成する計画もある。樽の中にオークの端材をトーストして投入するのだという。そう説明するブランドマネージャーのライアン・ローズ氏は、数々のカクテルで受賞歴を誇るバーテンダーでもある。
「このライウイスキーをなるべく早く発売できるように、さまざまな熟成技術を使用してみるつもりです。ライウイスキーには大きな注目が集まっていますが、バーテンダー仲間には3年も熟成する必要はないと考えている人もいます。若いスピリッツを短期間で美味しく熟成できるのなら、新しい方法を試してみたいと思っています」
現在、ツインリバーは新しい生産拠点の建設に取り組んでいる。場所はバンチョリーの中心地にも程近い8,000平米ほどの土地だ。クラウドファンディングと未公開株で、100万~150万ポンドの資金を調達しようと計画中である。新しい生産拠点には、テイスティングルームなどのビジター向け施設も完備する。現在の工場には、ビジター向けの機能を付設する余地がないのだ。
伝統あるスコッチの国で、まったく新しいウイスキーづくりを模索しているマイク・ベイン氏。その視線は、新しいウイスキーファンの期待を見据えている。
「ブリュードッグの方針には、喜んで追随したいと思っています。つまり最終的な製品の味わいを第一に考えて、既存のルールにはこだわらないということ。これからつくるウイスキーが、『スコッチウイスキー』と呼べるものになるかどうかはわかりません。でも美味しければ、みなさんが買ってくれるだろうと期待しています」