蒸溜所同士の樽交換【前半/全2回】
文:マリー=イヴ・ヴェンヌ
ウイスキーというスピリッツは、長年にわたって伝統を重視してきた。大麦の収穫から銅製スチルでの蒸溜まで、すべての工程を慎重に繰り返すことで蒸溜所ごとの個性と遺産が守られている。
だが近年になって、この伝統に変化が訪れた。個々の蒸溜所の独自性よりも、他社との協業で新しい物語を提示する取り組みが静かに進んでいるのだ。そのひとつが、蒸溜所同士の樽交換だ。このような協業は、ウイスキーの製造に対する考え方と楽しみ方を変えていくかもしれない。
樽交換という名の通り、それは蒸溜所同士が樽を交換する取り引きだ。だがウイスキー製造に深く関わる者にとって、その意味は想像よりもはるかに大きい。樽交換はアイデアの交わりであり、樽材とスピリッツの化学反応を超えた技術と文化の融合をも意味する。
このような協働精神は、伝統を尊重しながら革新を求める生産者たちの姿勢を反映し、ウイスキー界における新しい潮流を広げている。ドーノック蒸溜所の共同創業者であるサイモン・トンプソンは、近年ますます盛んになってきた樽交換の慣行について次のように見解を示している。
「樽交換は、これまでも長年にわたって非公式な形でおこなわれてきました。小規模な蒸溜所ほど、独自にユニークな樽を調達する資金力がありません。そこで誰かからちょっとユニークなシェリー樽などを融通してもらうことで、自前のウイスキーに新しい価値を付加するチャンスが生まれるのです。もちろん樽交換をする相手の蒸溜所とは、良好な関係信頼が欠かせません」
ドーノックにとって、そんな協業はマーケティングよりも学びの場としての意味が強いのだとトンプソンは語る。
「樽の交換によって、目新しさを求めているわけではありません。交換してもらう樽材が、我々のスピリッツにうまく合致することが前提になります。ウイスキーがさまざまな樽や環境とどのように反応するのかを見極めたいという気持ちが先に立ちます。そんな実験精神と相互学習が、樽交換の本質なんです」
スコットランド本土の西海岸にあるアードナムルッカン蒸溜所のジェニー・カールソンも、同様の見解を示している。
「樽の共有は、特に新しいトレンドというわけでもありません。これはウイスキー製造における長年の伝統が、自然に延長されている現象だともいえるでしょう。同業者とのコラボレーションは、常にウイスキー業界のならわしでした。私たちにとって、協業は個々の要素の総和を超える何かを創造するチャンスになるからです」
静かに始まる小さなコラボ
アードナムルッカン蒸溜所は、ウイスキー以外のメーカーと提携することでカールソンの理念を実践している。特に注目すべきは、スコットランドでラムを生産する小規模なナインフォールド蒸溜所との共同プロジェクトだ。
アードナムルッカンは使用済みのバーボン樽をナインフォールドに提供し、代わりにナインフォールドから使用済みのラム樽を受け取った。アードナムルッカンがラム樽でフィニッシュしたシングルモルトには、トロピカルフルーツの香りや温かみのあるスパイスなどの驚くほど豊かな味わいが備わっている。
カールソンは、この樽交換について経緯を説明する。
「双方のチームが、好奇心と未知の学びに開かれた精神を共有していました。そうでなければ、このような樽交換は実現しなかったでしょう。お互いにユニークな価値を持ち寄った、真のコラボレーションです。発酵の方法、樽の準備、熟成環境などに至るまで、互いの流儀を学びあいました。そして最終的には、それぞれの個性を損なうことなく共通の物語を紡いだウイスキーをリリースできたのです」
このような蒸溜所同士の提携は、非公式な形で始まることが多い。フェスティバル、業界の集まり、ソーシャルメディアなどでのふとした会話がきっかけとなり、本格的な実験へと発展するのだ。蒸溜所の交流は、樽の交換だけでなく、知識や企業文化や職人技に関する意見交換にも及ぶ。
こうしたつながりは、小規模な蒸溜所にとって複雑なサプライチェーンの問題を解決してくれることもある。通常では入手困難な種類の樽が、手に入るというメリットもそのひとつだ。
スコットランド西海岸で、徹底したサステナビリティを追求するノックニーアン蒸溜所も幅広い横のつながりを大事にしている。最近はフランスのジュラ地方にある自然派ワインの生産者から樽を送ってもらい、ウイスキーを熟成させたばかりだ。
ノックニーアンのウイスキー生産責任者を務めるマシュー・ヘイスティングスは、そのようなワイン樽の影響をこう説明する。
「新たなアイデアへの渇望もありますが、それと同時に本物の品質を極めたいという欲求も高まっています。私たちはサステナビリティと品質にこだわっていますが、同じような価値観を共有するワインメーカーやビールメーカーとの協働がパワフルな物語を生み出してくれるんです。単なる風味の開拓ではなく、自分たちの理念を広げていく活動でもあります」
(つづく)







