ノルウェーの女性たちがウイスキーを変える【前半/全2回】

3月 19, 2026

女性投資家の資金提供だけで設立されたノルウェーの蒸溜所。フェディ・オーシャン蒸溜所を訪ねる2回シリーズ。

文:フィオナ・レイン

フェイエ島は、ノルウェーの西端に浮かぶ小さな島だ。荒々しい花崗岩の大地で、北海から湿った風が吹きつける。この人口わずか500人の島に、ウイスキー蒸溜所があるとは信じがたい。しかしこの島には、スカンジナビアでも独自の地位を築きつつあるスピリッツの製造拠点があるのだ。電動カーフェリーで、本土から30分。フェイエ島の港に滑り込むと、穏やかな空気に包まれた。岩場の岸壁には塗装された木造家屋が建っており、今にも海に吹き飛ばされそうな佇まいが危なっかしい。桟橋に視線を戻すと、すぐそばに目的の蒸溜所はあった。

フェディ・オーシャン蒸溜所の機能は、かつて海鮮食品工場だった建物に収まっている。この工場は、かつて漁業で栄えた島の歴史を象徴する実用的な遺構だ。近年はビール醸造所として使われており、スピリッツをつくる蒸溜器は上階にある。醸造設備がある下階の一角には、村の商店も収まっている。

創業者のアンネ・コッパンは、レストランチェーンの経営経験もある連続起業家。投資先のウイスキー製造計画が頓挫したことで、他の出資者を募ってみずからフェディ・オーシャン蒸溜所を設立した。

こんな僻地に、ノルウェーで初めてオーガニック認証を受けたウイスキー蒸溜所があるのは驚きだ。しかもここは、女性投資家の資金だけで設立された極めて珍しい生産拠点なのである。

金融業界でキャリアを始めた創業者のアンネ・コッパンは、レストランチェーンの経営者からエンジェル投資家へ転身を重ねてきた。フェディー・オーシャン蒸溜所は、連続起業家として知られるコッパンの集大成ともいえる事業だ。

ウイスキー蒸溜所の建設に至ったいきさつは、やや込み入った話になる。そもそもコッパンは2015年にフェイエ島で醸造所を立ち上げたビール会社に投資した。このビール会社は、同じ場所でウイスキーをつくろうという構想も持っていたのだという。

だがそのビール会社の事業がうまくいかず、ウイスキー製造の実現を遠のいた時期があった。状況を知ったコッパンは、それならばと自分で土地を買収したのだという。

「当初の計画を忘れられなくて、手放したくなかったんです。素晴らしいアイデアだと思っていました。ノルウェーでウイスキーを蒸溜するなんて、当時はほとんど聞いたことがありませんでしたから」

ソムリエとしての技能も磨いたコッパンは、ウイスキーづくりの構想に胸を躍らせていた。それは島周辺の観光業を活性化し、地域社会を再生させる可能性も秘めていたからだ。ほぼ2年がかりで事業計画を練り上げると、コッパンは投資家への呼びかけを始めた。それまでも常に女性たちと一緒に働いてきたコッパンは、女性の投資家を重点的に集めようと考えていた。

そもそもノルウェーの女性たちに、投資やウイスキーに関心の高い人は多くない。だから望み通りに女性の投資家が見つかるのかどうかは不透明だった。ほとんど出たとこ勝負のようなチャレンジである。だが結果は見事についてきた。2024年12月に最初のウイスキーがボトリングされた時点で、この事業の株式は約1,000人の女性たちが保有していたのである。

株主となった女性たちは、ウイスキーと株式市場について学ぼうという意欲にあふれている。そのためコッパンは、株主たちが投資やウイスキーについて学ぶ機会を設けている。さらには試飲会、ウイスキーフェスティバル、フェイエ島訪問といった交流イベントも好評を博してきた。

究極の男女平等がゴール

フェディ・オーシャン蒸溜所の事業には、おもしろい公約がある。それは女性による投資額と社会における富の分配が男性と同等になるまで、この事業に投資できるのは女性に限るというものだ。

集まった投資家の内訳を見ると、その職業はさまざまだ。ノルウェーを代表する実業家のエリザベス・グリーグも含まれている。だが投資家の約80%は、最低投資額の5万ノルウェークローネ(約80万円)を出資した小口株主だ。

蒸溜所の所在地であるフェイエ島にも、事業に出資した町民がいる。その一人であるレストラン経営者のリンダ・フサが、出資を決めた経緯について教えてくれた。

「閉鎖された島の工場跡を活用するというアイデアが、とても新鮮で驚きました。この島で新しいことが始まるのなら、支援すべきだと思ったんです。島民の全員が雇えるわけじゃないけど、雇用の創出は必要なこと。地域が動き出すには、資金の投入が必要だと思っていました」

首都オスロからも遠く離れたノルウェーのフェイエ島。この地でオーガニックなウイスキーをつくるという大胆な計画に、多くの女性投資家たちが共感した。

当時からすでに、島の人口は減少と高齢化が進んでいた。そこに女性主導の事業が誕生したことも、魅力的に映ったのだとフサは語る。

「もし男性ばかりで蒸溜所を始めるという計画だったなら、こんなに簡単に投資しなかったと思います」

フェディ・オーシャン蒸溜所は、2024年に総支配人を公募した。そのチャンスに喜んで応募したのが、ビョルグ・カリン・レクヴァだ。レクヴァはフェイエ島から車で約1時間の距離で育ったが、当時はノルウェーの反対側で働いていた。

フェイエ島に素晴らしい新事業があると姉に教えてもらったレクヴァは、すでに蒸溜所の見学も済ませていた。

「蒸溜所で働くのは、故郷に帰るような感覚でした。フェイエ島にも親戚が住んでいたので、帰巣本能のような力でここに帰ってきたのかもしれません」

レクヴァには酒類業界での経験こそなかったが、以前は食肉や魚介の業界で働いていた。そのためリーダーシップ、生産、技術に関するスキルは持ち合わせおり、その経験はウイスキー事業にも新たな視点をもたらしてくれた。

「ここで働けるのは運命なのだと感じました。このチャンスのために、これまでいろいろ学んできたのだと思いました。だから採用が決まったときは、本当に嬉しかったんです」

女性投資家のみで構成された企業で働くということも、レクヴァの決断に重要な影響を及ぼした。

「男性社会で生きて働いてきた私にとって、大きな意味があることでした。食肉や魚介の生産現場は、男性中心の職場ですから。自分でリスクを取って事業を進める女性たちの姿は、私にとっても大きな刺激になります」
(つづく)

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