受け継がれるニッカのブレンド哲学【後半/全2回】

4月 20, 2026

前任者とのコラボで限定品のブレンデッドを完成し、ファン待望の「シングルモルト宮城峡10年」を処方。井関潤治氏が考える理想のブレンドとは?

文:WMJ

ブレンダー室長として約2年を過ごした井関潤治氏は、2025年からチーフブレンダーに任命された。前任の尾崎裕美氏から重責を引き継ぐにあたって、企画されたのが記念商品「ザ・ニッカ リミテッド」の処方である。これは新旧のチーフブレンダーが共同作業で取り組んだ初めての商品だ。

「お互いに思い入れのあるキー原酒を2種類ずつピックアップして、言葉のキャッチボールを重ねながらブレンドを構成していきました。最初のブレンダー室勤務でニューメイクをテイスティングした原酒とも再会し、私たちブレンダーとニッカの歴史がつながっていくような体験でした」

「ザ・ニッカ リミテッド」と並行しながら、チーフブレンダーとして手掛けた重要な商品が「シングルモルト宮城峡10年」(今年2月に数量限定発売)だ。熟成年数を記載した宮城峡は、2015年に終売して以来の復活となる。

もともと「シグルモルト仙台12年」の名で販売されていた宮城峡蒸溜所のシングルモルトは、2003年から「シングルモルト宮城峡」に改称され、熟成年数も10年、12年、15年とバリエーションを広げていた。その時期のブレンディングを、井関氏は第3代マスターブレンダーの佐藤茂生氏に実地で学んでいたのだという。

「ブレンダー室に勤務して2年くらい経過したとき、佐藤に命じられて宮城峡のモルト原酒を200本近くサンプリングしたことがあります。佐藤はそれらの原酒を巧みに処方することで、10年、12年、15年の個性を構築していました。その記憶がずっと頭の中に残っており、それぞれのコンセプトもまだ憶えていたんです」

だがその後の急激な需要増によって、熟成年数を記したシングルモルト商品は終売になる。新しいノンエイジの「シングルモルト宮城峡」は、あらゆる酒齢の原酒で宮城峡のエッセンスを詰め込んだ商品だった。

「ノンエイジのシングルモルトは、とても完成度の高い原酒構成で組み上げていました。だからあらためてそれを分解し、10年熟成以上の原酒だけでシングルモルトをブレンドするのにすごく悩んだんです」

新しい「シングルモルト宮城峡10年」は、井関氏がチーフブレンダーとして初めて処方するシングルモルトのひとつだ。しかもこれからニッカが熟成年数のバリエーションを増やしていくのなら、そのスタンダードというべき位置づけになる。そう考えた井関氏は、あらためて「シングルモルト宮城峡」に求められるコンセプトを見つめ直した。

「宮城峡といえば、やはりエレガントで華やかな、やわらかい香味です。それは余市との対比を意識して設定されたコンセプトでもあるので、そんな宮城峡らしさをきちんと表現しようと考えました」

意識したのは、特定の樽に頼りすぎないこと。ピート香も従来より少しだけ抑えて、フルーティーで華やかな原酒をしっかり使った。シェリー樽や新樽の個性的な原酒もエッセンスとして使用するが、むしろ樽材の影響が穏やかなリフィル樽などの原酒を重視したのだという。

目指したのは、華やかで、エレガントで、奥深い香味をたたえながらフラットな飲みやすさもあるウイスキー。そして対抗軸となる「シングルモルト余市10年」の重厚なピート感とは、明らかに異なる個性をあらためて確立させた。

「宮城峡といえばシェリー樽の風味を連想する方もいらっしゃいますが、むしろシェリーを過度に目立たせないようにして、隠し味のような要素と考えました。宮城峡蒸溜所のポットスチルは、バルジ付きでラインアームが上向き。あの設備からできたスピリッツ由来の個性を大切に表現しています」

原酒アーカイブとブレンディング技術の伝承者

ニッカウヰスキーの原酒は、ブレンダーの官能検査によって管理されている。その中心にあるのは、ブレンダーの個性を尊重した言語表現なのだと井関氏は言う。

「たとえば私が『湿った麦わらのような香り』と表現した香りが、別のブレンダーでは『おばあちゃんの家の匂い』だったりします。このような表現を画一的に揃えていこうとはせず、『この人はこの香りをこう表現するのか』と理解しながら、お互いにキャッチボールできるように読み合わせを続けているんです」

すべての原酒が、先人たちの遺産。原酒づくりからの真剣勝負を受け止め、すべてのボトルでニッカらしさを表現するのもチーフブレンダーの責任だ。

もちろんフレーバーホイールの用語も使うし、他社商品のテイスティングノートもチェックしている。それでもやはり自分らしい言葉を大切にする風土がニッカにはあるようだ。若いブレンダーが「ウェハースのような風味」と表現したため、「どんな風味?」と聞いたことがある。次の日にウェハースを一緒に食べて、納得したのだという。

「私ならモルティ、パウダー、バニラの甘みなどと書き分けるような印象を『ウェハース』と表現していたんです。そういうボキャブラリーの違いも、豊かな感性の一部ととらえてコミュニケーションしています」

ニッカウヰスキーは創業90年を超え、2034年の創業100周年に向けたカウントダウンを始めている。「シングルモルト宮城峡10年」を皮切りに、これからも重要な商品のリリースが予定されているはずだ。チーフブレンダーの井関潤治氏は、どのようなビジョンでそれぞれのブレンドを指揮していくのだろうか。

「100周年という節目は、特に意識していません。それよりも現在のニッカが表現できる『マイルストーン』を表現したいと思っています。ニッカウヰスキーはこれからもチャレンジを続けていくし、その成果である新しい原酒が常にニッカの現在地を表現してくれます。いつでも新しい価値観を示すため、常にスタート地点に立っている意識を忘れないようにしています」

すべての原酒には、それぞれ固有のストーリーがあると井関氏は言う。先輩たちが残した原酒のおかげで、今日もウイスキーが世に送り出せる。ここで働いているブレンダーには、それを次世代に受け継いでいく責任があるのだと井関氏は語る。

「高額商品だけでなく、おなじみの普及品でも手を抜くことなどありません。ナショナルブランドとして、基本的なメンテナンスから常に最善を尽くしています。チーフブレンダーにはその品質を常に細かくチェックする責任もあり、どんな担当者も手を抜くわけにはいきません。だからすべてのボトルが、これまで関わった全員の努力の結晶でできているんです」

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