ニュージーランドの山岳ウイスキー【前半/全2回】
文:ヘザー・ストルゴー
冬のニュージーランド南島で、クイーンズタウンからワナカへと続く道。カードローナ川の両側には、雪に覆われた山々がそびえ立っている。
もともとゴールドラッシュの集落として人が住み始めたカードローナは、1920年代に農業へと転じた。しかし冬の降雪と険しい地形のため、20世紀半ばには衰退の一途をたどった。
当時からの面影は、今でも残っている。谷間にはタソックが茂る草原があり、むき出しの岩や低木の合間に柵や小道で区切られた農地が点在する。この町で最も有名なランドマークのひとつが、ゴールドラッシュ時代の1863年に建てられたカードローナ・ホテルだ。現存する同時期の建物は国内にもほとんどなく、地元の人々の自慢である。
この町を訪れる観光客や働く人々の多くは、雪と酒を求めてやって来る。ニュージーランドの多くの地域が人口減少の危機に直面する中、カードローナはその傾向に逆行している。人口は21世紀になってから着実に増加しており、田舎と思えないほどの活気がある。そしてこの村でつくられるウイスキーは、世界のトップクラスに比肩できる可能性を示しているのだ。
カードローナの物語を語るのに、メアリー・リーほどふさわしい人はいない。メアリーがこの地にやって来たのは1960年代のこと。当時の住民はわずか60人ほどで、パブさえ存在しなかった。夫のジョン・リーは地元出身で、リー家は1920年代からこの地域に住みついていた。
今日のメアリーは、家族連れで村の蒸溜所に集まっている。ここで孫娘が夏のアルバイトをしているのだという。昔話を尋ねると、メアリーは生き生きと思い出を語り始める。
「ここに来て57年です。政府が農地を区画分けして、入植者に割り当ててくれました。当時はカードローナという地名を言っても、どこにあるか誰も知らない無名な村。本当に小さい村だったので、友人や親戚が車で通りかかっても気づかず通り過ぎてしまうほどでした」
ジョンとメアリーの夫妻は、カードローナ村とワナカ地域全体の発展に尽力してきた。現在の村の隆盛は、部分的に彼らの貢献によって成し遂げられたといってもいい。
夫妻は1970年に歴史あるカードローナ・ホテルを購入し、管理人としてホテルを運営しながら新しい開発業者を探した。そしてホテルの購入から10年後、この地域で初めてのスキー場をオープンさせた。当時をメアリーが振り返る。
「スキー場の運営がうまくいくのか、みんな訝しんでいました。でもジョンはとても粘り強く頑張ったんです。事業が軌道に乗り始めると、当初は否定的だった人々の反応も賛辞に変わりました」
だがスキー場のオープン当初は浮き沈みが激しく、客が一人も来ない日さえあった。だがメアリーとジョンの頑張りによって、ホテルを売却する頃にはカードローナが有名な観光地へと変貌を遂げていた。
そしてホテルを売却した後も、夫妻の仕事はそこで終わらなかった。ジョンは、新たにニュージーランド初のクロスカントリースキーセンターを建設したのだ。
圧倒的な自然の美しさ、人気のレクリエーション施設、魅力的な宿泊施設。カードローナは、数十年にわたって観光名所としての地位を確立してきた。メアリーは誇らしげに語る。
「観光地としての魅力が、人々をこの村に呼び寄せてくれました。ジョンは、カードローナを観光地として発展させたいと常に願っていましたから」
山岳観光の村をさらに発展させたウイスキーづくり
この地域が、ニュージーランドを代表するプレミアムウイスキーの産地となったのは10年ほど前のことだ。スピリッツブランドの「ザ・カードローナ」は、デジレー・リードによって設立された。
デジレーもジョンと同様に農家の出身で、この地域の美しい自然を深く愛していた。そしてこの村が蒸溜酒づくりにぴったりだと考えた。清浄な空気、貯蔵庫用の広大な土地、素晴らしい天然水に恵まれていたからだ。
この蒸溜所建設によって、観光地としてのカードローナはさらに成長できる。そんな可能性にデジレーは賭けた。メアリーとジョンがスキー場開発に乗り出した頃と、この蒸溜所の立ち上げには明らかな共通点があったとメアリーが語る。
「この蒸溜所建設に対しても、最初はみんな懐疑的な意見を持っていました。私たちのスキー場と同じですよ。でも友人たちは、『カードローナで新しい事業を成功させられる人は、デジレーの家族しかいないだろう』とも言っていたんです。そして入念な下調べをしたデジレーは、強い決意で事業に乗り出しました」
都会から遠く離れた小さな村にとって、ウイスキー蒸溜所の建設にはさまざまな利益がある。そのひとつは、スピリッツ製造という事業によって他の複数分野が集約できることだ。ウイスキー生産、観光、マーケティング、ホスピタリティ、小売などが一体となって、通年の雇用を生み出してくれる。そしてお気に入りのウイスキーの産地を深く知りたいと願う熱心なファン層のおかげで、安定した観光客の流れも見込まれる。
カードローナ蒸溜所は、24時間のフル稼働体制でスピリッツを生産している。蒸溜所にはビジター体験、カクテルバー、レストランがある。このレストランは、ニュージーランドの権威ある飲食店ガイドによって高く評価された。卓越したダイニング体験の印である「ハット」を昨年受賞したことで、大きな追い風が吹いたのである。蒸溜所のチームはこの評価を大変誇りに思っており、それが美食を重視する訪問者の増加にもつながっているようだ。
地方の観光名所として成功するには、地元でのさまざまな協力関係も欠かせない。カードローナ蒸溜所は、渓谷で乗馬やクワッドバイク体験を提供する「エクスペリエンス・ザ・カードローナ」社と敷地内の私道を共有している。
夏季には、このような近隣業者経由の口コミが蒸溜所の宣伝になる。冬にはスノースポーツが人出を呼び込み、行楽客が立ち寄れる絶好の立地を活かせる。
またこの蒸溜所のすぐそばには、ちょっと変わった名所もある。それは「カードロナ・ブラ・フェンス」(別名「ブラドローナ」)だ。
このフェンスには、1990年代から約30年にわたって大量のブラジャーがかけられ続けている。地元当局が何度も撤去を試みたが、ブラジャーをかけて立ち去る人は一向に減らない。
今では人々に愛される珍名所となり、蒸溜所もこのフェンスを有効活用しようと考え始めた。寄付箱を設置したり、このフェンスにまつわる限定ジンを発売したりすることで、ニュージーランド乳がん財団に18万ドル以上の義援金を寄付した。この遊び心とビジネス感覚は称賛に値する。
(つづく)







