禁酒を守ってきた一族が、経営難の蒸溜所を買収して半世紀。短期間で新しい伝統を築いたカイタン家のランプール蒸溜所を訪ねる2回シリーズ。

文: ルチラ・ネオティア

誇らしげな新築の建物に近づくと、正面玄関に「ランプール蒸溜所へようこそ」と歓迎の言葉が掲げられている。蒸溜所の側道に鮮やかな色のトラックが並び、荷台には穀物の袋が山積みになっている。空き樽が置かれた貯蔵庫の前を車で通り過ぎると、窓から熟成中のウイスキーの芳醇な香りが漂ってくる。

後ろを振り返ると、クレーンや鉄筋が立ち並ぶ広大な建設現場が目に飛び込んでくる。インディアンシングルモルトの未来が、今まさに土台から立ち上げられているところだ。ランプール蒸溜所にとっても、インドのウイスキー市場全体にとっても、ここ数十年の急速な成長をもっとも如実に物語る風景かもしれない。

原料を運び込むトラックの色合いにインドを感じる。ガンジスの流れに潤されたウッタル・プラデーシュ州で、ランプールのウイスキーはつくられる。メイン写真はランプール蒸溜所の貯蔵庫。

マスターディスティラーのアヌプ・バリクが、この工事について説明してくれる。

「生産能力を倍増させる計画が、着々と進んでいるところです」

アヌプ・バリク自身が、急速な成長の目撃者だった。この場所で1990年代につくられていたウイスキーは、年間で樽5,000本分に過ぎない。それが2026年には、樽60,000本以上のウイスキーを生産するのだという。この30年で、10倍以上という増産のペースはやはり驚異的だ。バリクの声からも、生き証人としての熱い思いが伝わってくる。

ランプール蒸溜所は、歴史も規模もインド随一の酒造メーカーとなったラディコ・カイタンの旗艦工場だ。ここで生産されたインディアンシングルモルトウイスキーは、数々の世界的な賞に輝いている。

そんなランプール蒸溜所からの最新作は、堂々としたボトルデザインの「ランプール 1943 ヴィラサット」だ。商品名にある「1943」とは、蒸溜所が建設された1943年を指す。そして「ヴィラサット」はヒンディー語で「遺産」の意味だ。

今ここで蒸溜所を見渡せば、まさしく遺産を築き上げてきたラディコ・カイタンの偉業を実感できる。

ラディコ・カイタンを率いてきたのは、ラジャスタン州出身の有力商人であるマールワーリーの家族だ。マールワーリーの多くはヒンドゥー教徒かジャイナ教徒であり、意外なことにお酒を一滴も飲まないことでも知られる。

マールワーリーにとって、菜食と禁欲は伝統的な信仰と一体化した生活文化であり、その根底には「アヒンサー(非暴力)」の倫理が横たわっている。こうした飲食に関する共通の慣習は、結束の固い商人コミュニティ内での信頼を築いてきた。

禁酒者が飛び込んだウイスキー製造の世界

このランプール蒸溜所は、今はなきG・N・カイタンによって1972年に160万ルピーで買収された。当時の蒸溜所は、他社のブレンド用にニュートラルスピリッツを製造していたが、収支は赤字だった。彼も息子のラリット・カイタンも、それまでアルコールを口にしたことは一度もない。そのため酒造ビジネスの知識も限られていたのだという。

「このランプール蒸溜所を買収した後で、事業がうまくいっていないことを知りました。でも買ってしまったので、生産を続けるしかありませんでした」

祖父G・N・カイタン、父ラリット・カイタンよりヴィラサット(遺産)を受け継いだアビシェク・カイタン。ランプールのブランドを格上げし、インディアンウイスキーの定評を高めた功績は大きい。

息子のラリットは、2021年の『ブリューズ&スピリッツ』誌のインタビューでそう語っている。そしてG・N・カイタンは1995年に資産を4人の息子たちに分割し、ラリットがスピリッツ生産を引き継ぐことになった。当時のポートフォリオを考えると、スピリッツ生産は比較的規模の小さい部門だったという。

ウイスキーを実際に味わったことがない当時のカイタン家には、伝統的なウイスキーに関する知識が不足していた。それでもマールワーリーらしい持ち前のビジネスセンスで、見事に事業を成長させてきた。

現在80代になったラリット・カイタンは、ラディコの会長兼代表取締役を務める億万長者でもある。事業家としての身上は、前の世代が築いた事業を成長させてこそ遺産を継承できるという考え方だ。

「家族経営には自由な部分もありますが、同時に責任も伴います。どの世代であっても、前の世代から受け継いだ時より強い組織を後世に残さなければなりません。それは遺産を預かる者の責任でもあるのです」

ラリットの息子のアビシェク・カイタンは、1997年にラディコ・カイタンに入社した。第3世代として、事業に取り組んできた経緯を次のように振り返っている。

「父は会社の基盤を強固にしてくれました。それを受け継ぐ私の仕事は、独自のブランドを築き上げ、インド企業であっても世界的な野心を持ったスピリッツを生み出せるのだと証明することでした」

各州で異なる制度に対応

ラディコ・カイタンは、高級スピリッツ事業「D’Yavol」の株式47.5%を取得している。これはボリウッドとしても名高いインド映画界の大スター、シャー・ルク・カーンが始めたビジネスだ。最初の製品として、テキーラの発売が予定されている。

アビシェクの最初の功績は、1998年にブレンデッドウイスキー「8PM」を発売したことだ。発売初年度に100万ケースを売り上げ、インディアンウイスキーとしての実質的な記録を打ち立てた。さらに2006年にはウォッカ「マジック・モーメンツ」を市場に送り出した。

ラディコ・カイタンは単なるスピリッツの大量生産を脱して、有名ブランドを擁する企業へと変貌していった。インドでは税制、規制、流通のルールを州ごとに定めている。この複雑なビジネス環境で、カイタン・カイタンはかつてない偉業を成し遂げたのだとアビシェクは語る。

いわゆるニューワールドのウイスキー産出国らしく、モダンな設備でテンポよく増産した。ヒマラヤにも近い自然環境が、ランプールのスピリッツに独特な個性を付与している。

「この複雑な市場環境を乗り切るには、制度に対する深い理解が必要になります。私たちが過去30年間で築き上げてきたのは、他社がほとんど真似できないほど難しい業績だと自負しています」

ランプール蒸溜所は、2016年に初のシングルモルトを市場に投入した。当時はインドのシングルモルトにもわずか10年ほどの歴史しかなかった。インド初のシングルモルトは、アムルットによって2004年に発売された(しかもインドではなくスコットランドで)。このカテゴリーが本格的に動き出したのは、権威ある『ウイスキー・バイブル』で「アムルット・フュージョン」が世界のウイスキー「トップ3」に選出された2010年である。そして「ポール・ジョン」も2012年に同様の栄誉に輝いた。

そのような市場で歴史の短い新興ブランドが知名度を広げるには、市場の最上位に位置づけられるブランドを送り出さねばならない。それがアビシェクの考えだった。そこでラディコ・カイタンは、あえて高級な「ランプール セレクトカスク」(小売店で75英ポンド)から発売するという戦略に打って出た。

このウイスキーは、ファーストフィルとセカンドフィルのバーボン樽で熟成されている。ハチミツやシリアルの風味、深みのあるバニラ香、焼き菓子のようなスパイス、そしてチョコレートやモルトの後味が感じられるウイスキーだ。ピラミッドの底辺に位置する普及品からリリースする他ブランドと対照的なブランド戦略だった。
(つづく)