小規模な蒸溜所だけでなく、大手メーカーも樽交換に乗り出している。多彩な協業の形が、業界の未来を切り拓く。

文:ライザ・ワイスタック

かつては月明かりを頼りに、ウイスキーを密造していたハイランドの先人たち。彼らがタイムスリップして、現在のウイスキー製造を見たらどんなことを思うのだろう。ウイスキー製造は、アルコール発酵と蒸溜技術を主体にした産品だ。科学にもとづいた産品ののなかで、もっとも原始的な産品のひとつであるといえるかもしれない。その点では、肉を焼いたり蜂蜜を集めたりする作業とさほど大きくは変わらない。

ウイスキーづくりは、現在のようなテクノロジーがなかった何世紀も前から問題なく続いてきた。だからこそ、ウイスキー製造に最先端の技術が必要なのかと懐疑的な人も業界内にはいるだろう。

それでも人工知能(AI)はいまや現実のものとなり、その進化のスピードは想像を絶している。ここ数年間が、いずれAIの黎明期として振り返られることは間違いない。進行中の取り組みや業界内の変化は、これからやってくる未来の姿を垣間見せてくれる。

そこでウイスキー業界のさまざまな分野の人たちに、AIとウイスキーの未来像について意見を聞いてみた。取材した全員に共通しているのは、現時点ではいかなる計算処理も定量的に優れたウイスキーを生み出せないという認識だ。ウイスキーづくりには、それだけ複雑な因子がからまっている。

それでもAIによって、確実に進化する分野はある。たとえばデータ分析の可能性は、間違いなく広げられるだろう。生産の効率化も大いに期待できる。財務管理、販売、流通といった業務の合理化も進んでいくことだろう。

だが製粉、発酵、蒸溜、そして最後の複雑な熟成に至る製造工程では、自然の摂理と時間だけがその責務を果たす。この旧世界的なウイスキー産業に、AIはどのような形で関わっていくのだろうか。識者たちの見解を聞いてみよう。

自動化を専門とするコンサルタント
アラン・グリーン(ハスケル)の場合

アラン・グリーン

米国と英国で、蒸溜所運営のコンサルティングを手がけてきたアラン・グリーン博士。小規模なクラフト蒸溜所から老舗企業まで、さまざまなメーカーを担当してきた。現在の所属先であるハスケル(米国フロリダ州)は、飲料メーカーのコンセプト開発から生産まで、あらゆる運営上の課題に取り組んでいる。グリーン博士は、そのなかでも業務の自動化を専門としている。

グリーン博士にとって、AIは「予知保全」に有用なツールである。予知保全とは、つまり設備の動作と問題発生の因果関係を記録し、トラブルを未然に防ぎながら業務の効率を最大化するのが目的となる。

データに関していえば、AIは単なる情報収集以上のことを可能にする。具体的には学習内容を抽象化できるのがAIの強みだ。つまり情報を得るための反復作業に時間を費やす必要がなくなり、代わりにに情報を分析する時間が増やせる。

「どんな工場でも、製造設備からの流量、温度、圧力、体積といったデータを記録する能力は持っています。でもそのデータは、どうやって活用できるのでしょうか。そこで文脈を創出するAIの得意技が活かされます。データをAIに読み込ませると、データから何らかの解釈が可能になります」

気象や気温などの外部情報も取り込めば、さまざまなデータから今日まさに必要なアクションが導き出されるのだとグリーン博士は言う。

「今日は気温が低いから、加熱のスチームを上げてみよう。逆に暑いから、冷却機能を強化しよう。そんな洞察が得られるんです。単なる温度データではなく、製造プロセスへについて深い洞察を迅速に提供してくれるのがAIの強み。なぜか水の使用量が増えていた日が、実は気温が高かったことにも気づかせてくれます。このような因果に、人間は必ずしも気づけないことが多いのです。でもAIなら即座に答えを出してくれるので、持っている情報からより深い洞察を生み出してくれます」

クラフト蒸溜所の創業者
ポール・ホレッコ(FEWスピリッツ)の場合

ポール・ホレッコ

ポール・ホレッコが、米国イリノイ州シカゴ郊外でFEWスピリッツを創業したのは2011年のこと。当時はまだクラフトウイスキー業界が本格的に隆盛する前だった。その後の成長で2019年に大手のヘブンヒルに買収されたが、ポールは今もウイスキーづくりの日常業務に携わっている。自身のブランドが繁栄する課程を現場で実感しながら、業界全体の変化も見守ってきた。さまざまな技術の進歩によって、経営者であり蒸溜家である自分自身の考え方も大きく影響を受けたのだという。

ポールはAIについて、あらゆる分野で実践的な応用が可能な素晴らしいツールだと捉えていえる。マーケティング計画の策定など、時間と費用がかかりがちな業務を効率化してくれるからだ。そんなAIの能力を使っても、簡単にいかないのはウイスキーの製造だ。

「実際にウイスキーをつくったり、つくっているウイスキーの品質を改善したりといったことにAIを活用できるかといえば、現時点ではまだ何ともいえません。将来可能になるのかどうかもわかりません。AIの力で熟成を早められるとは思えないし、ウイスキーの製造プロセスを加速できるとも思えません」

だがポールいわく、もちろんAIが得意な業務もウイスキー製造の現場にはある。

「ボトリングのスケジュールを最適化してくれたり、新しく建設する蒸溜所のフロアレイアウトを最適化してくれたりといったメリットは期待できるでしょう。でも革新的な新しいウイスキーのレシピを創造できるかといえば、やや疑問が残ります。まったく不可能だとは思いませんが、意味をなさない無駄なレシピをたくさん生み出すのではないかという懸念です。強力なツールにはなり得ますが、ウイスキーの品質を飛躍的に向上させるにはまだ長い道のりがありそうです」
(つづく)