ウイスキー製造と人工知能【後半/全2回】
文:ライザ・ワイスタック
樽調達会社の最高執行責任者
フアン・ダーラー(バレル・グローバル)の場合
主にバーボンやテキーラの蒸溜所と連携し、コレクター、飲料ブランド、消費者向けに熟成樽を調達するバレル・グローバル。米国フロリダ州で2022年に設立され、樽の選定と購入プロセスを効率化してきた。
バレル・グローバルは、2024年だけで約1500樽を販売した実績がある。樽のトレーサビリティを確保し、個々の顧客に投資状況を報告する。まさに物流の課題に取り組むお手本のような事業だ。購入可能な樽を探し、樽工房や酒造メーカーから買い取り、調達先で目当ての樽の熟成が完了したらボトリング後に出荷してもらう。
バレル・グローバルは、販売後も樽ごとに熟成過程を監視している。レストランや小売店がメーカーから購入した樽に関しては、フアンが購入プロセス初期段階から販売支援に役立つ助言と洞察を提供する。このような業務でAIが役に立つのだ。
「樽の生産と販売が完了したら、その詳細なデータを大規模言語モデルにアップロードします。そしてさまざまな質問から、顧客の売上率や投資回収の期間などを分析してもらうんです」
地域別の販売実績もAIが分析し、その内容にもとづいて顧客に助言する。このような計算や分析は、以前から人間ができていた仕事だし、人間抜きですべての分析を委ねているわけでもない。だがこれまで大企業にしかできなかったスピードやスケールで、コストをかけずにこのような作業ができるのは大きな進歩だ。
「たとえば顧客がカリフォルニアのステーキハウスなら、現地でどんなドリンクが流行っているのかを検索ワードで分析してもらい、オレンジリキュールやテキーラを樽で熟成してみようと提案します。ナパバレーのシャルドネなど、特定ワインを推奨する場合もあります。AIのデータ分析から、小売用の価格設定をサポートしたりします」
店舗の売上データや需要をもとに、AIが競争力のある価格をおすすめしてくれることもある。たとえば市場の大半が30〜40ドルの価格帯で推移している場合、クライアントはそれより高い価格設定を望まないことも多い。
長期熟成のバーボンを売り出そうとしている蒸溜所があれば、熟成期間と価格設定について考える。熟成期間を伸ばして価値を上げると、在庫を売りさばけるか不安になる。価格を下げれば、販売量は増えるが利幅は少ない。どのくらい長く熟成させるべきなのか、AIに尋ねることもあるのだという。
クラフト蒸溜所共同創業者兼CEO
デイビッド・マンデル(ウイスキー・ハウス・オブ・ケンタッキー)の場合
デイビッド・マンデルは、2024年7月に米国ケンタッキー州バーズタウンに「ウイスキー・ハウス・オブ・ケンタッキー」を開設した。
この蒸溜所は、顧客となるブランド向けにカスタムウイスキーを生産している。つまり委託生産を専門とする蒸溜所として設計され、米国ひいては全世界もトップクラスの先進的な技術を備えた蒸溜所だ。
特筆すべき点は、AIモデリングと先進的なデジタル戦略を組み合わせて意思決定をおこない、「予測可能な風味プロファイル」を創出する世界初の蒸溜所であるところだ。
先進的なAI技術を活かし、顧客は自らのマッシュビルや製造工程の諸条件を指定する。蒸溜所では最大3種類の製品を同時に蒸溜可能で、各工程の多様な変数をセンサーが監視している。豊富な設備と柔軟な生産能力により、小規模生産から大幅な増産にまで対応できる。
昨年8月の時点で、顧客35社向けに58種類のマッシュビルを使い分け、10万バレル以上を製造した実績がある。この柔軟性と生産規模の大きさが、マンデルに膨大な分析用のデータを授けてくれる。その分析は、もちろんAIの得意とするところだ。
「熟成の専門家や業界関係者に話を聞くたび、香味要素の特定については誰もが独自の理論を語ります。酵母、加熱温度、発酵時間、貯蔵庫での樽の場所などの要因が、複雑に組み合わさっているからです。そんな個々人の理論が、はたして真実なのか、正確なのか、再現可能なのか、本当に一貫しているのかをデータ分析で確かめる手段はこれまでありませんでした。でも一貫した成果は、データに基づく意思決定から生まれると思うんです」
マンデルは、AI活用の手法を製薬や食品産業などの他製造業から学んでいる。だが自身のウイスキーハウスが、まだ発展途上であることを否定しない。
「機械学習によって、将来的には特定の風味プロファイルを設定し、酵母や加熱時間のような要素を調整しながら、目標の風味に近づけていけるようになるかもしれません。その後は効率化を進めて、長期的な品質管理と一貫性を確保するのが大きな仕事になってくるでしょう」
その先にある究極の目標を問われ、マンデルは答えた。
「AIは革新と実験を促してくれますが、そのままウイスキーの品質向上に寄与するかといえばそこは不透明です。品質向上への道のりにおいて、重要な役割を果たしてくれるのは間違いないでしょう。人間の関与を排除したり、芸術性までをAIに委ねるつもりはありません。他の多くの産業と同じように、業務の効率化に活用していくことになるでしょう」
ウイスキー製造クリエイティブディレクター
アンジェラ・ドラツィオ(コンパスボックス)の場合
アンジェラ・ドラツィオは、2019年にAIを使ってウイスキーをつくった。スウェーデンのマクミラ蒸溜所でマスターブレンダーを務めていた頃の話だ。アンジェラはマクミラが製品化してきた70種類以上のレシピ(熟成年数、樽の種別とサイズ、風味プロファイル)をコンピューターに入力し、それぞれの受賞歴や消費者からの評価も覚え込ませた。そしてコンピューター上で好みの風味(たとえばスモーク香の有無、受賞歴の有無、ワイン樽追熟の有無、熟成期間など)を指定すると、驚異的な速さで人工知能が究極のウイスキーレシピを算出したのだ。
アンジェラによれば、そのレシピでつくったウイスキーの風味は素晴らしかったという。だがAI推奨レシピは高コストだったので、広く応用できるものではなかった。
いずれAIは酵母株やモルトのレシピ開発に活用され、在庫管理にも有用になるだろうとアンジェラは推測している。だがAIの性能が、投入される情報の質に依存するのも真実だ。
「まずは知識のパレットがなければ、新しいレシピを手にしても素晴らしいものは生み出せません。樽を選び、自分で味わって、原酒をブレンドして、最終商品の風味に感動するのは人間にしかできないことです。たとえば作業員を倉庫に送り込み、大量の樽から原酒をテイスティングさせ、それぞれの樽の出来をポイントで評価したりといったデータ管理はAIに任せられます。でもそれは膨大な労働時間を費やすだけで、最も素晴らしい人間の詩情のような領域を活用できていません。あらゆるパラメータを機会に与えれば、おそらく素晴らしいものができるのでしょう。でもそれは人間の感動という貴重なプロセスを無駄にしているかもしれません」








