ウイスキーづくりの長い歴史のなかで、蒸溜所建築はどのように変遷してきたのだろうか。話題の設計事務所を訪ね、ウイスキー業界の未来を探る2回シリーズ。

文・ガヴィン・スミス

 

ウイスキー蒸溜所の建築デザインは、長年にわたって進化を続けてきた。農場で余っている建物を改造した時代に始まり、やがてモルティング用にパゴダ状の煙突を戴いたビクトリア朝様式に移行した。当時の建築家な中では、由緒ある数々の蒸溜所を設計したチャールズ・ドイグが特に有名である。

その後も1960~70年代にスコッチウイスキーの需要が増えた時期に、スコットランドでは蒸溜所の建設や改築が盛んにおこなわれた。この時期に新設された蒸溜所の多くは、ネオブルータリズム様式に分類される建築が多い。

そして現在、スコットランドにおけるウイスキー蒸溜所はかつてないほど増加を続けている。蒸溜所の建築デザインも重視され、とりわけ周囲の環境に対する影響に考慮した設計が注目されるようになってきた。

ファイフにあるリンドーズアビー蒸溜所は、オーガニック・ディスティラリーズ社の代表作。ウイスキーづくりのルーツがあるといわれるリンドーズ修道院の跡地に再建された。(メイン写真はドリムニン蒸溜所)

最近の蒸溜所建築で頭角を現している設計会社が、オーガニック・ディスティラリーズ社である。ガレス・ロバーツが2005年に設立したオーガニック・アーキテクツ社の関連会社だ。アーガイル・アンド・ビュートのヘレンズバラに本拠地があり、世界中の蒸溜所を対象に専門性の高い建築設計とコンサルト業務を提供している。

ガレス・ロバーツはチェシャー州の生まれだが、12歳からはパースシャーのカランダーで育った。都市計画の分野で働きはじめ、米国やロシアでも経験を積んだ後に、自らの会社を興したのだという。独立当時のいきさつを振り返って語る。

「最初は主に住宅を設計していました。目指したのは、コミュニティの形成を意識したエコ建築の新しい形です。最初の蒸溜所は、創立から3年後に手がけることになりました。社名で『オーガニック』を名乗っているは、私たちが物事を『エコ』の視点から捉えているからです。エネルギー効率の問題はもちろん、コミュニティを有機的に進化させる要素も重視します。建築のアイデアを持ってやってくる人たちが、結果的にクライアントになってくれていますね。税制上のアドバイスや、保険制度にまつわるアドバイスも提供しています。蒸溜所を建設してみようかな、と考えている段階から、最初のスピリッツが流れ出すまでのお手伝いが私たちの仕事です」

 

辺境だからこそ必要となる先進性

 

同社で最初の蒸溜所プロジェクトは、アードナマーチャン蒸溜所の建築設計だった。場所はスコットランド中心部から遠く離れたアードナマーチャン半島のグレンベッグで、マル島から海を渡ってすぐの海岸沿い。独立系ボトラーのアデルフィ・ディスティラリー社が建設した蒸溜所で、バイオマス発電を採用していることから世界で最も二酸化炭素排出量が少ない蒸溜所のひとつとして知られるようになった。ガレス・ロバーツが説明する。

「あんな辺鄙な場所で、ボイラーを回すためにいちいち灯油を調達すると費用がかさみます。クライアント自身も、地元で調達できる燃料を使用したいと希望していました。そこで土地の木の枝を切ってバイオマス燃料にするシステムを採用したのです。1リッターあたりの生産コストを抑えればビジネス上の恩恵があり、しかもバイオマスなら環境にもやさしいので一石二鳥という訳です」

リンドーズアビー蒸溜所のテイスティングエリア。モダンでシンプルなデザインは、周囲の景観との一体感も意識している。

そしてロバーツは、他にも新しい蒸溜所建設の基準となるようなアイデアを盛り込んだ。

「アードナマーチャン蒸溜所では、スチルを窓際に配置しました。スチルはたびたびネックの交換が必要になるので、窓のそばなら排気にも便利。スチルの部品を置く場所にも困りません。そして窓際に置いたスチルは美しい。夜になると、その存在感は見事ですよ。何しろスチルは蒸溜所のスターですから」

蒸溜所の建築デザインには、克服すべき問題がたくさんあるとロバーツは言う。建築設計は、あらゆる問題へのソリューションを含んだものでなければならない。

「例えば蒸溜エリアは乾燥して高温になりがちですが、糖化エリアは水をたくさん使うので湿度の高い環境です。どちらのエリアも、高度な換気性能を必要とします。そしてもちろん建築法による設計上の規制、はたらく人の健康や安全に対する配慮やベストプラクティスにまつわる法令も守る必要があります。このような要素をすべて検討しながら、建設地の風景に溶け込むようなデザインを考えるのが私たちの仕事。魅力的な外観で、土地の環境にぴったりの建築を設計する必要があります」

そしてもちろん、ガレス・ロバーツは蒸溜所建築がウイスキーブランドと一体であることも忘れてはいない。

「蒸溜所は、ウイスキーメーカーにとってブランドの故郷とでもいうべき存在。視覚的に美しく、感性に訴えるデザインを望むのは当然のことでしょう。私たちの世界で、もっとも重要なのは本物であること。本物の正統性を感じさせないブランドからは、人々の心がすぐに離れてしまいます。そしてビジターの体験も極めて大切。その点では、既存の建物を利用した蒸溜所よりも、ゼロから建設できる蒸溜所のほうがビジターを呼び込むデザインにしやすいですね」
(つづく)