ウイスキーブランドのコラボが成功する法則【前半/全2回】
文:クリスティアン・シェリー
「ウイスキーだけにじっくりと向き合い、その香味と余韻を楽しみながら物思いに耽る時代はもう古いんでしょうか。いろんなコラボを見てきましたが、すべては通り過ぎるばかり。次から次へと過去のものになってしまいます」
ある匿名の大物コレクターが、Zoom会議で話している。彼はウイスキーブランドによる他業種とのパートナーシップをたくさん見守ってきた。デザイナー、アーティスト、自動車メーカー、時計ブランド、ガラスメーカー、シェフなど、提携相手はさまざまだ。そのすべてが虚しく感じられ、今やノートパソコンに向かってため息をついているという訳である。
このコレクターと同じ感情をおぼえたことのある人もいるはずだ。ウイスキーはどんどん値上がりしているように見えるし、毎週のように新しい限定ボトルが登場して消費者の購買意欲を掻き立てる。プレミアムウイスキーの世界では、鮮やかな色彩や華々しいネーミングに辟易とする向きもあるだろう。
このようなウイスキーブランドの戦略は、本来のウイスキーの世界を超えた過剰な試みなのか。マッカランとベントレーのようなコラボレーションや、地元アーティストとパートナーを組んだ数量限定商品などのタイアップは、それに見合っただけの効果があるのか。そもそもウイスキー愛好家から投資家まで、万人がウイスキーブランドによるクリエイティブなパートナーシップに関心を寄せているのか。
別の女性ウイスキーコレクターが口を開く。
「そのコラボレーションが本物で、そこに何か大きな意味があり、それを明確に説明してくれるパートナーシップなら意味があります。そのようなパートナーシップから生まれたウイスキーを、リアルやオンラインで共有することには楽しさもあるでしょう。特にそのウイスキーが個性的な商品であればなおさらです。でも時々、ウイスキーから置いてけぼりにされているんじゃないかと思うことはありますね」
これは興味深い指摘だ。すでにウイスキー愛好家になってしまった人にとっては、パートナーシップが意味をなさない場合もある。こうした企業同士の提携が、新しい消費者層の勧誘を目的とした挙動に見えてしまうと、既存のファン層には届きにくいメッセージになってしまうのだ。
ウイスキー業界の将来も見据えた異分野とのコラボ
シーバス・ブラザーズで、高級ブランドのマーケティングを手掛けるマチュー・デランデは語る。
「シーバス・ブラザーズが所有する各ブランドでは、クリエイターたちと常にパートナーシップを組んでいます。これはマーケティングとコミュニケーションをミックスする際にとても重要なこと。スコッチウイスキーの境界を押し広げ、私たちのブランドの世界に新しいオーディエンスを呼び込むことにもつながります」
最近の活動から、特に面白い例としてデランデが挙げるのはロイヤルサルートとバランタインだ。昨年はロイヤルサルートがアートやデザインの創造性を称えたウイスキーシリーズ「アート・オブ・ワンダー」を発表。その内容は「特別に熟成されたスコッチウイスキー」と「アートの魔法」をペアリングする試みだった。羽根細工の彫刻家ケイト・マグワイアは、53年熟成のロイヤルサルートに合わせて「フォーセズ・オブ・ネイチャー」と題したユニークな作品21点を制作した。
さらに意外な事例が、バランタインとゲーム会社のギアボックスによるタイアップだ。シューティングゲーム「ボーダーランズ」とバランタインが長期的なパートナーシップを結び、「モクシー(Moxxi)」という名のゲーム内キャラクターをギアボックスが雇っているような形態。このモクシーがゲーム内で節度ある飲酒を呼びかけ、実世界では「バランタイン モクシーズバーエディション」という限定ボトルが発売された。
このクリエイティブなタイアップには、別の目的もあるのだとデランデは説明する。
「パートナー企業のオーディエンスを革新的な方法で魅了することによって、スコッチウイスキー市場をさらに広く展開することができます。異分野への市場解放は、スコッチウイスキー業界全体を将来にわたって守るためにも不可欠な活動なのです」
他分野に目を向けて自社ブランドの成長を促す手法は、ジョニーウォーカーの得意とするところでもある。昨年より上海在住のファッションデザイナー、エンジェル・チェンと提携し、卯年を記念した「ジョニーウォーカー ブルーラベル」の旧正月限定デザインを制作した。名門美大のセントラル・セントマーチンズで学んだチェンは、ジョニーウォーカーのマスターブレンダーであるエマ・ウォーカーからデザインのインスピレーションを得たのだという。
ウイスキーのデザインが発表された際に、チェン本人は次のように語っている。
「自分とは異なる世代、異なるジェンダー、異なる文化が一緒になって、まったく新しいものを生み出す。そんな現象が制作のインスピレーションになります。同じ理想が、ジョニーウォーカーの技術についても言えるはず。異なる蒸溜所でつくられる異なったタイプのウイスキー。それぞれに異なる熟成年数。そんな多様なウイスキーを完璧にブレンドして最高傑作を生み出すプロセスも、離れた世界の異なる要素を編み物のように縫い合わせて意味を見出す表現の一例です」
(つづく)