ケイスネスの新星、スタナーギル蒸溜所が始動【前半/全2回】

8月 31, 2026

ケイスネスで5番目の蒸溜所と、かつての製粉所の歴史。スタナーギルの現状を伝える2回シリーズ。

文:ガヴィン・スミス

新しいウイスキー蒸溜所の誕生には、心からの喜びと期待がある。その蒸溜所の設備が、長年廃墟となっていた建物のリノベーションだった場合には喜びがさらに大きくなる。スタナーギル蒸溜所の共同創設者であるマーティン・マレーは語る。

「このあいだ、ある94歳の女性を招いて中を見学してもらいました。彼女はここが製粉所だった頃に生まれた人です。数十年もの間、ここを通りかかるたびに崩れかけた建物の姿を見るのがあまりにも悲しく、目を背けざるを得なかったと語ってくれました。そんな歴史を知る方にも、蒸溜所の存在を喜んでいただいております」

町民たちの喜びにも無理はない。マーティン・マレーと妻のクレアは、たいていの人が尻込みするようなプロジェクトに果敢に取り組んできた。鋭い洞察力、地元社会への理解、実践的な個人としての手腕、並々ならぬ決意などを総動員して、見事に授業を成功させたのだ。

スタナーギル蒸溜所は、スコットランド本土最北端のケイスネス郡にある。北海岸のキャッスルタウンという村で、ジョン・オ・グローツとサーソのちょうど中間だ。観光客に人気のルート「ノースコースト500」からも程近い。

蒸溜棟からは、スコットランド本土最北部のダネット湾を一望できる。メイン写真は、文化財の旧製粉所を回収したスタナーギル蒸溜所の外観。

ケイスネスで5番目のウイスキー蒸溜所は、今年操業を開始したばかりだ。その建物は、廃業したキャッスルタウン製粉所の遺構を再利用している。マレー夫妻が2020年に買い取るまで、30年以上も廃墟となっていた。

この製粉所はグレードBの指定文化財で、ケイスネス産の石とスレートを組み上げた建築である。文化財を修復し、観光施設を兼ねた30万平方フィートの蒸溜所に改装したのは、驚くべき偉業といっていいだろう。

製粉所の水源は、スタナーギル・バーンと呼ばれる小川だ。この水源が、新しい蒸溜所の名前の由来となっている。製粉所の建物自体は、19世紀初頭に建てられたものだ。ここはジェームズ・トレイルが所有するキャッスルヒル農場で栽培された穀物を挽いて粉にする場所だった。

もともとはジェームズ・トレイルが近所で経営するキャッスルヒル舗装工事会社の人員に余剰が生じたため、労働者たちの受け皿として建設された製粉所である。キャッスルタウンのあるケイスネスは敷石の採掘が盛んで、世界中に輸出する「敷石の村」でもあった。

この製粉所は1930年に操業を停止し、その後は食肉処理場として使用されたこともある。また第2次世界大戦中は、英国空軍の倉庫として使用された。しかしその後の数十年で、建物は著しく老朽化していった。

この荒廃した建物を機能的な蒸溜所へと再生させたのがマレー夫妻だ。幸いなことに、マレー夫妻には近隣で蒸溜所を設立した経験もあった。これはジンの「ロックローズ」とウォッカの「ホーリーグラス」でもよく知られるダネット・ベイ蒸溜所で、2012年から2014年にかけては数々の賞を受賞した。現在もジンとウォッカの両事業が並行して運営されている。

スピリッツ製造の実績をもとにウイスキー業界に参入

マーティン・マレーが、ウイスキー蒸溜所を設立した経緯について説明する。

「ちょうどいいタイミングで適切な製品を打ち出せたことが、ダネット・ベイの成功につながりました。そのおかげで、石油ガス業界で働いていた私自身も故郷のケイスネスに戻ることができたんです。コロナ禍前の5年間は素晴らしい日々を過ごし、わずかながらお金の蓄えもできていました」

文化財に指定された建物を借りて事業を立ち上げるには、それなりの信用も必要になる。その点でも、ジンとウォッカの成功は追い風になったのだとマーティンは語る。

「スタナーギルを引き受ける際には、ダネット・ベイで蓄えた資金に加え、ジンブランドを成功させた実績もあって信用していただきました。まだ計画の段階から、パレットでボトルを出荷するまでの道筋を示せたのです。ダネット・ベイ蒸溜所は、3kmほど離れた場所にあります。だから来訪者の数もわりと正確に予測できました」

スペイサイド・コッパー・ワークスの製造によるポットスチル。創業者夫妻の娘たちと同じ名前が付けられている。

マレー夫妻の実績によって、香港上海銀行から住宅ローンを確保できた。歴史環境や文化遺産を管轄するヒストリック・エンバイロメント・スコットランドからは、高額な屋根修理や目地補修工事に助成金が支給されたのだとマレーは言う。

「あの助成金がなければ、このプロジェクトは実現できなかったでしょう。もう建物は崩れかけていたので、いずれ失われていく運命にありました。実際に『倒壊危機文化財』リストに載っていましたから。ウイスキー蒸溜所の運営では、熟成前から樽200本分を先行販売できて、プロジェクトの資金調達に大いに役立ちました」

そしてマーティン・マレーとクレア・マレーの夫妻は、この古いキャッスルタウン製粉所の建物がウイスキー蒸溜所に再生可能だと判断した。次の課題は、周囲の敷地の買収だったとマーティンは振り返る。

「幸いなことに、土地は首尾よく購入できました。元の所有者は、他の人にもっと高値で売却もできたはずです。でもこの場所を地元の人々の手に残したいと考えてくれていたんです」

この事業にかかった総費用は約600万ポンド(約13億円)で、その半分強が建物本体に費やされた。残りの費用は、設備や備品である。この事業の規模を考慮すれば、妥当な経費だといえるだろう。

確固たるビジョンと生産計画

マレー夫妻は、「やるなら、ちゃんとやる。ちゃんとやれないのなら、最初からやらない」という考えだった。そして蒸溜所の設計には、高度な専門知識のあるオーガニック・アーキテクツも貢献している。このような本格的な事業であることを考えれば、予算はリーズナブルに抑えられたとマーティンは考えている。

「ここまで成し遂げた成果について、私たちも誇りに思っています。私の本業はプロセスエンジニアリングだったので、すべてみずから設計できて、地元のエンジニアリング会社と協力できました。そうやって大幅なコスト削減ができたんです」

文化財を改修した施設の魅力は、建物の内部でも表現できる。歴史を感じさせる空間は、ビジターにも人気だ。

蒸溜設備には、LHステンレス社が製造した糖化槽(容量1トン)が含まれている。これはスペイサイドのキース近郊で長期休業状態にあったトウィーモア蒸溜所から移設したものだ。また4槽の木製発酵槽は、近隣のダフタウンにあるジョセフ・ブラウン・ヴァッツ社が製造した。

初溜器(容量5,000リットル)と再溜器(容量3,500リットル)は、フォーサイス社に買収される前のスペイサイド・コッパー・ワークスが最晩年に製造したポットスチルである。マレー夫妻の娘たちの名前にちなんで、それぞれ「アンナ」と「アイラ」の愛称で呼ばれている。マーティンは現在の稼働状況と生産量について教えてくれた。

「2交代制で週7日稼働すれば、年間24万リットルのスピリットが生産できます。でも最初の2年間までは、1日1シフトの週5日稼働で、年間8万リットルを目標としています」

マーティンが、いわゆるハウススタイルについても説明する。

「蒸溜器のラインアームはほぼ平行です。比較的軽やかで、フルーティーなニューメイクスピリッツをつくろうと考えています」
マーティンがお気に入りのシングルモルトのひとつは、バリンダロッホなのだという。それならばスタナーギルにも、スペイサイドらしい優雅さに、ハイランド沿岸の個性をほのかに感じさせるような味わいが期待できる。
(つづく)

カテゴリ: Archive, features, TOP, 最新記事, 蒸溜所