シンガポール、中国、インドネシア、タイ。ウイスキー人気は、それぞれの国で独自の発展を遂げている。

文:マーク・ジェニングス

アジア屈指の交易都市であるシンガポールでは、他のアジア諸国とは異なる形でウイスキー文化が展開されている。その形態は、カラオケバーでのボトルキープから、高額商品を楽しむ上級者の世界まで幅広い。シンガポールで10年以上にわたりテイスティングイベントやウイスキーディナーを主催してきたサイモン・ケンプは語る。

「スコットランドよりも、シンガポールの方がウイスキーの人気が高いと思います。これは皮肉なことですけど」

シンガポールのカラオケバーやホテルのラウンジでは、常連客がボトルキープしたウイスキーがバックバーに並んでいる。ボトル単位で購入してタグに自分の名前を書き、次回に来店したときも出してもらうスタイルだ。シャンパンのように、ボトルがアイスバケツに入って提供されることもある。

テイスティングなどのイベントで、ウイスキーファンの知識と体験が底上げされる。その結果としてウイスキーに法外な値段がつくことは少なくなり、高品質な幅広い銘柄にもスポットが当たるようになった。メイン写真は旧来のオークションでおなじみの「軽井沢」の限定ボトル。

ケンプはこのアジア独特のボトルキープ文化について説明する。

「シンガポールのバーでは、みな熟成年数が表示された有名銘柄のウイスキーをボトルキープします。ステイタスの高いウイスキーを飲んでいる社会的な成功者だと思われたい。そんな意識があるのでしょう」

シンガポールでは、ウイスキーを味わうことと同じくらい、飲んでいるウイスキーが他人に見られることも重要なのである。

シンガポールには、ネオン街のステータスシンボルとしてのウイスキーもあれば、もっと本格的なウイスキー愛好家のコミュニティもある。ウイスキークラブの会員は投資家ではなく、熱心な愛好家ばかりなのだとケンプは言う。

「私を含め、シンガポールのウイスキーファンは情熱的なアマチュア。みんな普段出会えないようなウイスキーを試飲してみたいのです。樽やプライベートボトルを所有する方も確かにいますが、大半はボトルを開栓してみんなと分け合う喜びに意義を見出しています」

世界で最も派手な消費スタイル(氷のバケツに入った豪勢なボトル)が浸透していながら、高品質のウイスキーを静かに楽しめる場所もある。そこがシンガポールのウイスキー市場の面白さだ。
 

中国市場の成熟と若年化

 
ウイスキーの創作プロセスで、もっとも驚いたことについて尋ねてみる。するとオリヴィエ・ルスタンは即答した。
急成長していた中国市場にも質的な変化が訪れている。

ベトナムの「ダンタウ・ウイスキー」を主宰する起業家のハイ・ダン・グエンは、高級ウイスキーの収集家であり伝道者でもある。英国で10年を過ごし、帰国後はハノイで独自のウイスキーライブラリーを開設した。そこには「ザ・マッカラン1926」を含む1,000本以上のコレクションがある。

ハイ・ダン・グエンは、ベトナムのコレクターを2種類に分類している。ひとつはステータスの象徴を追い求める層で、もうひとつはオタク的なウイスキーマニアだ。

前者は「マッカラン」「山崎」「響」「軽井沢」などのボトルを手に入れたがる。これらは豪華な贈答用に購入されることも多いボトルだ。

「高価なボトルを贈ることは、相手への深い敬意の表れです。このような収集は、往々にして大切な他人のためにおこなわれることが多いのです」

レア・ウイスキー・ホールディングスの共同創業者であるリー・タンは、アジアのコレクター心理が変化していると語る。

そして後者のマニアは、「ブローラ」「ポートエレン」「スプリングバンク」などを買い集める人々だ。まさに台湾で花開いたオタク文化を再現するかのようなラインナップである。

ハイ・ダン・グエンは、投機的な動きに懸念を示している。

「かつてのウイスキーは、開栓して飲むために手に入れるものでした。でももはやそれは不可能になりつつあります。自分では飲まないのに買い集める人々が、価格を押し上げているのです。この市場はもはや健全とは言えず、何らかの是正が必要です」
この10年間、中国はウイスキーの世界的なブームを牽引するエンジンだった。中国のコレクターたちは、特にマッカランをはじめとするスコッチウイスキーやジャパニーズウイスキーに驚くほどの金額を支払ってきた。

この変化を追跡してきた一人が、レア・ウイスキー・ホールディングスの共同創業者であるリー・タンだ。

「消費者の知識は、徐々に深まってきました。もはや法外な金額を支払うことはほとんどありません。前回の落札価格を把握しながら、情報を精査した上で慎重に支出するようになりました」

このような変化の原因としては、地政学的な緊張、景気の減速、中国国内の蒸溜所の台頭などが挙げられる。それでもウイスキーは文化にしっかりと根付いており、若年世代が富を得るにつれてコレクターの性質も変化しつつあるのだという。

「年配のコレクターのみなさんは、金額を気にせず購入されていました。しかし30代から40代の若いコレクターのみなさんは、品質と体験を重視されます。最も高価なボトルを購入されない場合でも、何か特別な本物のウイスキーを求めていらっしゃいます」

中国のコレクション熱が冷え込んでいく一方で、逆に熱気を帯びてきているのがインドだ。インドの株式市場は、取引額でドイツや英国を追い越している。ウイスキーにも長期にわたる文化的な親しみがあり、そこに新たな富裕層の出現が加わることで、インドは主要なウイスキーのオークション市場となっていく見込みだ。

リー・タンはこの傾向について説明する。

「人々が豊かになるにつれ、大衆市場からニッチ市場や高級市場へと移行していくものです」

英国からの文化的影響が1世紀以上にわたるタイも、有望なコレクター市場だ。韓国とインドネシアも成長中である。アジアは静止することなく、その重心が絶えず移動している。
(つづく)