海洋熟成の冒険【後半/全2回】
文:ヤーコポ・マッツェオ
懐疑的なウイスキー愛好家たちは、海上熟成の復活を単なるギミックだと一蹴するかもしれない。だがそんな人々も、蒸溜所がウイスキーを大海原へ送り出すときに向き合う課題やリスクの大きさだけは認めざるを得ないだろう。ルフトマンは、このプロジェクトにかける気概について次のように語る。
「大西洋横断を生産工程に加えるのは、物流面でみても悪夢のようなアイデアですよ。多通貨での取引、各国の関税、面倒な通関手続き、製品の保税管理など、書類上でも山ほど問題がありますから」
海上熟成は、ウイスキー製造のもっとも基本的な工程さえ複雑にしてしまう。陸上であれば樽を常に監視し、必要に応じて修理することも可能だ。しかしひとたび海に出れば、最終目的地に到着するまで樽に手が届かない。到着時までに予期せぬ事態に直面することもある。ジェファーソンズ・バーボン創業者のトレイ・ゾーラーは説明する。
「樽からの漏れは大きな問題です。ケンタッキー州の貯蔵庫なら、床に水たまりができるのですぐに気づけます。でも樽を船に乗せた瞬間から、そのような漏れが視認できなくなってしまいます。コンテナまるごとダメになったことはありませんが、樽単位でウイスキーを失ったことは何度もあります。コンテナを開けてみたら、樽の1本か2本が完全に空っぽだったこともありました」
従来の陸上熟成では、樽の熟成状況を監視するために定期的なサンプリングもおこなわれる。だが海上熟成では、そんな監視もできなくなる。航海が終わるまで、マスターブレンダーは風味がどのように変化しているのか知る由もない。
さらに劇的なのは、天候や海況がスピリッツの最終的な風味に与える影響だ。これによって、船ごとに熟成成果が異なるのはもちろん、同じバッチの樽同士でも結果にばらつきが生じることもある。たとえば異常気象や猛暑などによって、ウイスキーの蒸発や樽材成分の抽出が加速することもあるとゾーラーは言う。
「航海中の船は、いつハリケーンやサイクロンに遭遇するかもわかりません。荒れた海に長期間さらされると、蒸発による損失が増え、液体が濃縮されて塩辛くなります。さらに船舶では、コンテナの紛失も頻繁に発生します。幸いなことに、当社はまだそのような事態には遭遇していません。でもあらゆる航海に未知数があるのは事実なのです」
神秘の冒険はついに海中へ
さらに一部の人々は、海上熟成をさらに極限まで追求し、水中でのウイスキー熟成に手を伸ばしつつある。この手法はワイン業界で以前から注目を集めており、世界中で無数の生産者(ルクレール・ブリアンやヴーヴ・クリコなどのシャンパンブランドも含む)が実験をおこなっている。
ワインメーカーやウイスキーのブレンダーは、海流による穏やかで絶え間ない動きに加え、水中の安定した低温が液体に良い影響を与えると指摘している。
この手法の応用は、ウイスキー業界でも比較的最近になってから見られる現象だ。メゾン・バンジャマン・クエンツを創設したバンジャマン・クエンツが、次のように語る。
「2016年から2017年頃に、友人たちが『海中でウイスキーを熟成させてみないか』と声をかけてきました。彼らはすでに10年から15年ほどシャンパンや無発泡のワインでこの手法を実践した実績があり、現在もその試みを続けているワイン業界の人たちです」
このアイデアに感銘を受けたクエンツは、2020年に初めて発売された海底熟成ウイスキーのシリーズ「ウシュク・ド・プロフンディス」(Uisce de Profundis)を立ち上げた。この製造工程では、いったん完全に熟成されたウイスキーを瓶に入れてブルターニュ沖の水深約20メートルの海底に約1年間沈める。その後、品質の均一性を確保するため、再度液体を取り出してブレンド後に最後のボトリングとなるのだとクエンツが言う。
「このウイスキーの素晴らしさは、すぐにはっきりわかりました。まさに美食のためにつくられたようなウイスキーだと個人的には思っています。海洋由来のかすかな塩気が、牡蠣やシーフードと完璧に調和するんです。普段つくっているウイスキーとは、口当たりもまったく異なります。コルク経由の浸透作用や、潮の圧力によって樽材と酒がダイナミックに相互作用し、好ましい影響をもたらしているのでしょう」
海上であれ海中であれ、海が及ぼす影響を探求することは、一見すると純粋に学術的な取り組みのようにも思われる。だがその実際は、人類が古くから抱いてきた海への自然な憧れが生み出す行動なのだろう。
広い海は、人類のもっとも重要な偉業や劇的な発展の舞台となってきた。そんな自然の神秘に対する畏敬の念が、海での熟成に人々を駆り立てる。少し神がかった不可解な世界でありながら、完全に人を魅了してしまう海のパワー。陸地では自動運転車が走り回る時代になっても、広い海には月の表面よりも深い謎が秘められている。







