ウイスキーの味わいを決めるブレンディング。その謎めいた職務の背景について、3人の女性トップブレンダーたちと語り合った3回シリーズ。

文:マーク・ジェニングス

マーク・ワトソンとは、まったく異なる後継者の物語もある。それがレイチェル・バリーのケースだ。ブラウン・フォー楽しい蒸溜所のツアーが終わっても、知覚的な記憶はしばらく続くものだ。その記憶とは、実際の体験で感じた生々しい感覚である。蒸溜所内の熱気。発酵槽周辺の甘酸っぱい匂い。貯蔵庫に入った瞬間の冷気。そんな記憶は、しばらく身体に留まっている。

ウイスキーづくりの出発点は、大麦、酵母、銅、オーク、水などの原材料だ。そう教わってきたし、そこに間違いはない。だがウイスキーを最終的な製品としてボトリングする前には、必ずブレンディングという見逃せない工程もある。

原料の特性はウイスキーの香味をつくるが、その香味は人為的に調整されなければ製品にならない。ボトリングされる前に、樽単位で原酒の選抜がなされる。それぞれの原酒の集合体が、いかにしてまとまりのある香味を構成するのかをあらかじめ想像しなければならない。

ブレンダーという言葉を聞くと、すぐさまブレンデッドウイスキーを連想してしまうウイスキーファンも少なくない。だがブレンディングという工程は、ほぼすべてのウイスキー製造に不可欠だ。

たとえばシングルモルトウイスキーは、単一の蒸溜所で熟成された数十種類もの樽原酒を組み合わせてつくられることがある。それぞれの樽がわずかに異なった特徴を表現し、最終製品の品質に貢献する。

ブレンダーの大きな仕事は、絶えず変化する原酒の在庫を駆使して「ハウススタイル」を維持することだ。そのハウススタイルに新しい要素を加えたり、一部の原酒に予想外の可能性を見出したりしながら、新しい製品を開発する役割も担う。

つまりブレンディングの本質は最終的な混合ではなく、絶え間ない決断の繰り返しである。

このようなひとつひとつの決断は、どのような思考から生み出されているのか。ブレンダーの仕事を外から見るだけでなく、ブレンダーたちがどこからアイデアを取り入れ、どのようにバランスを見極めているのか知りたい。人生をかけて注力してきた知的な作業が、ブレンダーたちの世界観にどのような影響を与えるのか理解したいと願っていた。

そこで私は、今をときめく3人のブレンダーたちに話を聞いた。それぞれウイスキーの世界に入った経緯がまったく異なる面々だ。

それぞれのキャリアを経てブレンダーに

ステファニー・マクラウドは、食品科学と官能分析の道を歩んだ後にジョン・デュワー&サンズのマスターブレンダーとなった。看板銘柄のブレンデッドウイスキー「デュワーズ」をはじめ、シングルモルトウイスキーの「アバフェルディ」「オルトモア」「クライゲラヒ」「ロイヤルブラックラ」「ザ・デヴェロン」といったブランドも手掛けている。

アンジェラ・ドラツィオは、シングルモルトウイスキー「マクミラ」の成功を通してスウェーデン産ウイスキーの発展に貢献してきた。現在は独立系ボトラーのコンパスボックスで働いている。

ローラ・ヘミーは、絵画、音楽、音響工学、調香といった分野での多彩な経歴を経てウイスキーの世界にたどり着いた。ダブリンのロー&コー蒸溜所に設立当時から関わり、最近は日本での新たな蒸溜所プロジェクトに取り組んでいる。

ウイスキー界を象徴する女性ブレンダーたちに、私は同じ質問を用意した。それは「まだ現実には存在していない風味を、一体どのように想像しているのか?」というものだ。返ってきた答えは、三者三様でまったく異なるものになった。

ジョン・デュワー&サンズのマスターブレンダーとして、「デュワーズ」や傘下のシングルモルト銘柄も手掛けるステファニー・マクラウド。微細な違いも識別する鋭敏な嗅覚で、新しい香味の創造を模索している。メイン写真もステファニー・マクラウド。

ステファニー・マクラウドがもともと興味を持っていたのは、ウイスキーという特定の飲み物ではなく、風味の構造と味覚の関係だったのだという。大学では甘味のあるフェノール化合物について研究し、その後も清涼飲料水、チーズ、オリーブオイル、ワイン、ウイスキーと分野をまたいで研究した。

科学的なアプローチは今でも仕事の中核をなしているが、冷徹な結論を求めているわけでもないとマクラウド本人が語る。

「科学的な分析と人間の直感は、ブレンダーにとって同じコインの裏表です。どちらか片方だけでは成り立たないものですから」

ブレンダーの分析は、嗅覚が見逃してしまうかもしれない要素を確認するための作業だ。マクラウドはある会社に入ってまもなく、たった一人でスピリッツの品質を評価する立場になって不安を感じたという。

どんなにテイスティングの経験が豊富な専門家でも、細かな見落としはある。マクラウドは、より幅広い感覚評価パネルを構築することでそんな見落としを減らそうとした。

またアンジェラ・ドラツィオは、マクラウドと異なる出発点からウイスキーに関わり始めたのだという。

「昔からずっと、新しい体験に強い好奇心を抱きながら育ってきました。親が作るイタリアの家庭料理、スウェーデンでの生活、そして旅行などのさまざまな経験が自分の糧になりました。そんな経験への好奇心に答えをくれたのが、ウイスキーの存在だったんです」

ドラツィオはマクミラで、自由な実験の喜びと出会った。スウェーデン産オーク、地元産のピート、パン用酵母、フルーツワイン、小樽などでウイスキーの香味を変えてみる実験だ。そんな彼女のアイデアは、受け継がれたルールブックに載っていないものばかりだった。

ローラ・ヘミーの好奇心は、五感を横断するような感覚の旅に似ている。美術学校では、キャンバスに描いていた絵画を床に描くようになり、やがて没入型の空間創出へと関心が広がっていった。そんなアートの旅は、やがて音楽や音響の世界へとつながり、さらに香りやウイスキーの世界へと行き着いたのだという。

「絵画も音響もウイスキーも、すべてが私のなかで本質的に結びついています。感覚を駆使した創作活動は、気づかないうちに始まっていた会話のようなもの。それは人と人との交流であり、ウイスキーも音楽も香りも、言葉では届かない場所へも到達できる表現方法なのです」
(つづく)