進化するエディンバラの最高学府【後半/全2回】
ドーン・マスケル教授のキャリアは、酒類業界の進化を象徴している。産学共同のイノベーションが、スコッチの可能性をさらに広げていく。文:ピーター・ランスコム
ドーン・マスケル教授とヘリオットワット大学の関わりは、教授の学生時代にまでさかのぼる。若きマスケル教授は、1998年にヘリオットワット大学で醸造蒸溜学の理学士号(優等)を取得して卒業した。
専攻分野を選ぶ際には、英国の全大学の学位課程を網羅した分厚い「大学・カレッジ入学サービス(UCAS)」をパラパラとめくっていたのだとマスケル教授は振り返る。インターネットの普及によって、このハンドブックがオンライン化する以前の時代である。
「当初はバイオテクノロジーを学びたいと思っていました。当時の醸造蒸溜学は、「応用バイオテクノロジー」の項目に記載されていました。ヘリオットワット大学のオープンキャンパスに参加し、キャンパスの環境とコースの内容に一目惚れしたんです」
つまりマスケル教授は、さまざまな学問分野が融合しているヘリオットワット大学の方針に惹かれたのだ。
「入学して、最初から物理化学と有機化学、生物学、基礎的な数学、工学、生産管理などを学ぶコースになっていました。実際の醸造や蒸溜の授業に入る前の段階で、幅広い素養が身に付けられるのです。私自身も、自分の人生にそんな多様性を求めていました」
大学生になったマスケル教授は、生まれ故郷のイングランドでも飲料業界の経験を積み始めた。イーストヨークシャー州のハル近郊にあるビヴァリー町。パブ「ザ・エンジェル」が、最初の職場だったと満面の笑みを浮かべて語る。
「バーテンダーとして働きました。ペールエールで有名なバス社から、銅賞をもらったことがあります。まだ1990年代半ばで、クラフトビールの人気が本格的に拡大する前の時代です」
学部で学士号を取得した後、マスケル教授はイングランドのオックスフォード・ブルックス大学で醸造用酵母の機能と構造に関する研究を進めた。この研究によって、哲学博士(PhD)号を取得している。
二つの大学で出会った多くの人々とは今も親交が深く、ビール業界とウイスキー業界でのキャリアを通じて互いに支え合い続けているのだとマスケル教授は言う。
酵母のサプライヤーであるラレマンド・ブリューイングのシルヴィ・ヴァン・ザンディッケ(社長兼事業部長)は、オックスフォード・ブルックス大学でマスケル教授と一緒に博士号を取得した学友だ。マスケル教授を米国醸造化学者協会(ASBC)に誘ったのは、このヴァン・ザンディッケである。
アメリカでも研究者としてのキャリアを歩んだマスケル教授は、この協会の副会長を経て次期会長にも選出されている。来夏には会長に就任する予定だ。
母校に帰還して要職を歴任
マスケル教授の博士課程の指導教官だったキャサリン・スマートは、現在ディアジオのグローバル・テクニカル・ディレクター兼チーフ・サイエンティストを務めている。今でもマスケル教授の非公式なメンターの一人として活動しているほか、エリオットワット大学の「持続可能な醸造蒸溜センター(CSBD)」プロジェクトにも携わっている。
マスケル教授は、2011年に母校のヘリオットワット大学に戻ってきた。当初は醸造蒸溜学の理学修士課程向けの教材開発に従事したが、その後はサステナブルなバイオプロセシングを研究するニック・ウィロビー教授のチームで研究員になった。この部署で助教、准教授と昇進を重ね、2022年に教授に就任した。
講義と研究の仕事だけでなく、マスケル教授は2016年から国際醸造蒸溜センター(ICBD)所長にも就任した。センターの窓口として産業界との連携を築いたり、幅広い業界イベントに出向いて広報活動を展開したりするのも所長の役割だ。
スピリッツ蒸溜所やビール醸造所のニーズに合わせてカリキュラムを調整し、卒業生が初日から即戦力として職場で活躍できるように準備を整える。このような取り組みが、センターを大きな成功に導いている。
多彩なメンターたちから恩恵を受けてきたマスケル教授だが、後進の指導にも抜かりはない。数十年にわたって、数多くの蒸溜所や醸造所で従業員のキャリア形成を始動してくれる重要な存在でもあった。
昨年、マスケル教授は第1回「ビール業界の女性アワード」で「年間最優秀メンター」に選出された。ノミネートしてくれたのは、レイチェル・サザーランドだ。マスケル教授の下で学び、その後業界で幅広いキャリアを積んだ後、現在はヘリオットワット大学に助教授として戻ってきた人物である。
マスケル教授のキャリアでもう一人の重要な人物は、学部生時代の指導教員である故ジェフ・パーマー卿だ。パーマーはヘリオットワット大学に勤務していた1968年に、発芽の促進によって処理時間を短縮する革命的な製麦方法を開発。独自の「大麦研磨法」を開発し、1989年にはスコットランドの大学で初めての黒人教授となった。パーマーはICBDを設立し、2021年には同大学の総長に就任している。
「私が所長に就任した時、ジェフは自分の教え子の出世を大変喜んでくれました。お願いすればいつもゲスト講師として戻ってきてくれたし、大学の廊下で偶然会ったときはいつでもハグしてくれました」
「特に学長に就任してからは、有益な助言をたくさんいただきました。ジェフは大学で醸造や蒸溜が盛んになることを願っていたんです。私たちは今、現在のエキサイティングな段階に私たちが足を踏み出せているのは、彼の指導のおかげだと感謝しています」






