トップブレンダーが考えていること【第2回/全3回】
一貫したブランドの味わいを守りながら、時には新しい香味も創造する。頭に浮かんだアイデアは、どのように具現化できるのだろうか。
文:マーク・ジェニングス
写真:Genia Bennet Snickars
ブレンダーたちの注意力は、スイッチのように切り替えられるものではない。ステファニー・マクラウドはコルク臭のするワインに気づくし、パッケージやラベルの下の接着剤の模様にまで気づいてしまう。アンジェラ・ドラツィオは、ハンバーガーを食べながら材料のバランスを頭の中で分析してしまう。ブレンダーの専門性によって、日常の行動も仕事の一部になる。
ステファニー・マクラウドのウイスキーづくりは、制御された実験そのものだ。初めて届いた変わり種の樽と向き合う際には、その樽が以前に貯蔵していた内容物を取り出してグラスに入れ、ぐるぐる回してから捨てる。その後にウイスキーを注いで、相性を確かめたりするのだ。
マクラウドいわく、貴重なスピリッツを樽詰めする場合には、これくらい初期から慎重な相性テストを重ねるということである。
「樽香がウイスキーを支配するのではなく、樽香がスピリッツの個性を補完する関係が何よりも重要だからです」
アンジェラ・ドラツィオのアイデアは、しばしばウイスキー以外の体験からもたらされる。日本を訪れてヴィンテージの緑茶に出会い、その香りとウイスキーに共通点を見出した。「この二つの風味は調和するのか?」という疑問を解決するため、まずは単純に両者をミックスして味わってみた。その後から緑茶でシーズニングした樽での追熟というアイデアを製品化したのだという。
ドラツィオの発想は、料理人、アーティスト、調香師などの仕事にも似ている。本人に尋ねると、その中では料理人がもっとも近いという。
「好奇心旺盛な料理人タイプだと思います。レシピ通りにパンケーキを作ろうとしても、そこに海塩、バニラ、デーツシロップを加えずにはいられません。一体どうなるんだろうと考えて、衝動的に実験することも少なくありません」
意外な組み合わせによる新しい風味の創出を模索しているのは、ローラ・ヘミーも同じだ。頭の中のイメージは、演奏というよりも音楽制作に近いのだという。だがそれは、ウイスキーをオーケストラに例えるようなお馴染みの比喩ともまた違う。
ヘミーがイメージしているのは、デジタル・オーディオ・ワークステーションの画面だ。並べられたトラックの音量と余白のせめぎあいや、それぞれに異なる音がタイミングよく飛び込んでくる楽曲の構造である。
「ウイスキーの香味づくりで真っ先に連想するのは、論理的に構築された音楽作品のようなものです」
ヘミーはウイスキーの香味体験をさまざまなイメージで描き出す。それは重なり合う風味の層であったり、地質図のような絵であったり、舌の前部、中部、後部で起こる現象のタイムラインであったりもする。
それは単一の風味に注目することはめったになく、むしろ一群の香味グループがどのような一体感をもって振る舞うかについて考えているのだ。
バランスの概念も人それぞれ
ウイスキーの香味を語るとき、もっとも頻繁に使われる言葉のひとつが「バランス」だ。だがこの「バランス」という言葉の真意については、あまり深く考察されてこなかったのではないか。
ステファニー・マクラウドにとって、バランスとはまず「ドライ」と「スウィート」の均衡を意味する。さらには「芳醇さ」の分析につながっていることもある。
芳醇さとは、みずみずしく、複雑で、食欲をそそる香味要素だ。中立的な品質を目指すのが目的ではない。樽の香味がウイスキー本来の特性を圧倒することなく、むしろ増幅させるような成果を得るのが理想のバランスだ。

スウェーデンのマクミラ蒸溜所で、ワールドウイスキーの新しい香味を提案してきたアンジェラ・ドラツィオ。幼少時からの記憶を手がかりにして、理想の香味バランスを追い求めている。メイン写真もアンジェラ・ドラツィオ。
Photos by Genia Bennet Snickars
アンジェラ・ドラツィオにとって、風味のバランスとは自分の感覚でとらえたものを、誰かに伝えるための原則でもある。そのもっとも明確な例がスモーク香だ。
ドラツィオは、スモーキーな風味要素をさまざまな品種の唐辛子に例えている。スパイス、香り、骨格などを説明するのに好都合だからだ。スモーキーな要素をどれだけ盛り込むのかが問題ではなく、味わった人がスモーク香に気づくべきか否かという問いが先に立つ。はっきりとわかるスモーク香はウイスキーにおいて主役級の存在だが、ほんの少し減らすだけで香味全体の構造を支える脇役へと変わっていく。
ローラ・ヘミーは、言語の普遍性を疑っている。チームと意思疎通するためだけの語彙集を用意しているし、自分自身の仕事で使う独自の語彙もある。ある種の感覚は形状で表現できる場合もあるし、風味は口の中の位置や時間軸上のポイントによって説明されることもある。
ヘミーは、これを「共感覚」という単純な言葉で呼びたくない。むしろ多言語話者がドイツ語、フランス語、ロシア語の間を自在に行き来するように、感覚的なボキャブラリーを流暢に行き来するような境地だと考えている。
感覚的な印象は、個人の経験から派生したものでもある。つまり個人の記憶や、文化の土壌から引き出されるものだともいえる。
たとえば「カスタード」という言葉は、英国の消費者にとってピンとくる風味の感覚であっても、国や文化が変わると意味をなさない言葉になるかもしれないとステファニー・マクラウドは指摘する。海外を訪れて仕事をする際に、マクラウドは自分の語彙を押し付けたりしない。相手の語彙を通じてウイスキーを説明してもらうことで、自分自身の語彙を広げていくという方針を持っている。
(つづく)




