アイリッシュウイスキーの総点検【第1回/全3回】
復活の途上にあるアイリッシュウイスキー業界は、直近の困難にどう対処しているのか。ここ1年における各社の動向から、将来を見通す3回特集。文:マーク・ジェニングス
アイリッシュウイスキー業界の関係者に「この1年はどうでしたか?」と尋ねれば、だいたい同じような話題に行き着くはずだ。
たとえば関税による輸出の不調。あるいは売上の低下に伴う一時的な生産休止。そして出荷調整で過剰在庫の問題もある。大手メーカーが廉価なボトルを売り出し、小規模なメーカーが価格競争で苦しむ状況も生まれている。
「マスコミが聞きたがっているのは、どうせそんな話題だけだろう?」と考える業界の重鎮たちもいる。アイリッシュウイスキーの復活は、ここへ来て行き詰まってしまったと書くのは簡単だ。しかしそれだけでは取材不足でもある。
アイルランド国外のウイスキーファンは、多くがスコットランドの動きを注視しながらアイリッシュウイスキーも理解しようとしている。そのような国外からの視点では、アイリッシュウイスキーが経験した近年の大変化を実感として理解できない。
アイルランド国外のウイスキーファンにとって、アイリッシュウイスキーといえば依然としてジェムソン、ブッシュミルズ、タラモアデュー、レッドブレスト、ティーリングあたりの大手ブランドを連想するはずだ。しかし国内で感じるアイリッシュウイスキーの復活は、途方もなく大きなスケールだった。なにしろ国内のウイスキー蒸溜所が2010年の時点で4カ所までに減り、そこから15年ほどで50カ所にまで増えたのだ。
何世代もウイスキー製造と無縁だった町や郡に、新しい生産拠点が生まれた。古いスタイルが見直され、アイリッシュウイスキーというカテゴリー自体が見違えるほどに変化した。たとえば絶滅寸前だったシングルポットスチルというスタイルが、世界的な復活を遂げている事実は見逃せない。
このように並外れた成果を上げた企業もある一方で、すべての新しい蒸溜所が国際的に成功をもたらせる保証もない。次々と設立された新参メーカーも、その内実は千差万別だった。
豊富な経験や、粘り強い資金力や、堅実な販路に恵まれた企業もある。その一方で、魅力的な創業者が良質な原酒をつくっているのに、流通の戦略やリピート需要の創出にかかる時間について理解が足りない企業もあった。
つくりたい製品の需要を検証する前に、早まって生産力を拡大した企業もある。また賢明な判断を下していたにもかかわらず、コスト上昇、運転資金の枯渇、需要の低迷、世界のスピリッツ不況に巻き込まれてしまった企業もあった。
これほど短期間に多くのプレーヤーが生まれたので、勝者と敗者の明暗が分かれるのも必然だ。創業当初に思い描いていたことが実現せず、予想外の変化を余儀なくされた企業も現れる。
このような変化に伴って、業界全体の雰囲気も変化していった。ある独立系のメーカーのグループチャットには、そんな変化が現れている。新製品の写真、フェスティバルの告知、テイスティング会の招待などが飛び交っていたチャンネルも、メーカー関係者による実務的な連絡が中心になったそうだ。つまり生産設備の導入や工程上の問題について相談したり、事業を継続させるための助言を求めたりといった情報交換が話題の中心になった。
それでもウイスキーを愛する者同士の友情が消えたわけではない。ただ毎日を祝うような余裕がなくなったのである。アイリッシュウイスキーの復活が終わったのではなく、ロマンと現実が交差する第2ステージに到達したと理解したほうがいいだろう。
そしてアイリッシュウイスキー業界の現実は、ずっと華やかでいられるわけでもない。キャッシュフロー、在庫、価格設定、流通、常連客の獲得などが死活問題だ。もちろん個性的なウイスキーで差別を図るのも重要だが、それを消費者に届け、独自の価値を説明し、再び買ってもらえるまで生き残れる道を模索しなければならない。
今回紹介するアイリッシュウイスキー各社の近況には、かつてのような業界としての一体感が見られない。事業を縮小する企業もあれば、逆に成長している企業もある。いくつかの企業は、復活の約束を果たすようなスピリッツを市場に送り出したところだ。
それではアルファベット順に、メーカーごとの1年を振り返ろう。
ブラックウォーター蒸溜所
ブラックウォーター蒸溜所にとって、この1年は事業の拡大よりも生き残りを優先した戦いだった。これはアイルランドの新世代を代表する蒸溜所にとって、変化への順応期間であったと創業者のピーター・マルライアンは語っている。原酒の熟成が完了する前に、市場に変化が訪れてしまった。まずは現状を把握し、コストを削減し、必要な措置を講じなければならない。
そんななかでも、蒸溜所を一般公開したのは目に見える進展だった。当初は2020年の予定だったがコロナ禍で中断され、ようやく公開された蒸溜所には多くのビジターが訪れている。決して交通至便とはいえないウォーターフォードだが、アイルランド、英国、ドイツ、日本、米国などからの予約が絶えることはない。
事業全般について、マルライアンはいつも率直な評価を下している。小規模メーカーは、コスト上昇、先行き不透明な状況での先行投資、大手ブランドの値引きによる価格競争に苦しんでいるのだと明かす。
「唯一の明るい材料は、まだここでウイスキーをつくっているという事実です。状況が良くなる前に、もっと悪化する予想も立てています」
存在すること自体に、大きな意味がある。マルライアンの悲観的な予想にもかかわらず、ブラックウォーター蒸溜所はアイルランド屈指の個性的なスピリッツを生産し続けている。
ボアン蒸溜所
ボアン蒸溜所は、長期的な戦略にもとづいて本拠地ドロヘダで設備投資をおこない、新たな商品も開発した。
昨年の冬至に季節限定の「オーク・キング」と「ホーリー・キング」を発売し、今年6月の夏至にはシングルポットスチルウイスキー「ボアン・レガシー」を発売した。定評の高い「ホイッスラー・トリプルオーク」は、軽量ボトルに装いを変えて再発されている。
また昨年は、ラグビーファンが注目する4年に一度のドリームチーム「ブリティッシュ・アンド・アイリッシュ・ライオンズ 」がオーストラリア遠征のために結成された。初結成の1888年の遠征を記念したブレンデッドウイスキー「1888」が発売されている。ボアン蒸溜所はライオンズの公式パートナーとして原酒を提供し、スポーツファンにもその名を知らしめた。
カフェ、バー、ショップを併設したビジターセンター(2026年10月完成予定)の建設も始まっている。ボアン蒸溜所は、サステナブルな飲食品メーカーの証明である「オリジン・グリーン・ゴールド」の会員資格を4年連続で維持した。
アイリッシュウイスキーにおける生産技術の見直しにも深く関与を続けており、歴史家であるフィオナン・オコナー博士との共同研究による成果を発表した。マッシュビル、穀物、製造方法の歴史的な多様性も、シングルポットスチルの保護において認識されるべきだとボアン蒸溜所は主張している。
(つづく)






