旅するバーテンダーたち【前半/全2回】
文:ヤーコポ・マッツェオ
昨年9月、メキシコシティの著名なバー「ハンドシェイク・スピーキージー」が、ニューヨークシティの「マッド・バー&ラウンジ」に出向いて4夜限定のポップアップイベントを開催した。これはバーテンダーを対象とした国際的なレジデンシープログラムの一環で、会場のバーは「ホテルNHコレクションニューヨークマディソンアベニュー」の中にある。
予約受付が開始されてから数分も経たないうちに、カクテル愛好家たちでイベント参加の予約枠は埋まった。予約が取れなかったため、キャンセル待ちや立ち見席確保のために何時間も待つ人々が現れた。
バーテンダーたちがこれほどの注目を集める状況は、つい数十年前ならほとんど想像もできなかった。ミュージシャンや映画スターが注目されるのは当たり前だが、ホスピタリティ業界の専門職に同様の関心が向けられるのは画期的だ。

バルセロナの名店「パラディソ」を代表するジャコモ・ジャンノッティ(左)。他店のバーテンダーを招聘するイベントでバーカルチャーの進化に寄与している。メイン写真もカウンターでカクテルを作るジャコモ・ジャンノッティ。
だが人気バーテンダーの集客力はどんどん高まっている。近年は、「ゲストシフト」「テイクオーバー」「ポップアップ」などと呼ばれる客員バーテンダーのイベントが盛んになってきた。著名なミクソロジストたちがアメリカやヨーロッパを縦横無尽に行き来し、熱心なカクテル愛好家たちを大いに喜ばせている。
ロンドンのローズウッドホテルには、名店「スカーフス」(Scarfes)がある。独創的なカクテルと希少なウイスキーのコレクションで、世界的に注目を集めるホテルバーだ。ディレクターを務めるアンディ・ラウドンは、近年の活動について次のように振り返る。
「私が初めてゲストバーテンダーとして招聘されたのは2014年だったと思います。私たち自身も頻繁に旅をしますし、ここで他店のバーテンダーを招いてイベントを開催します。毎年1月から10月までの約10ヶ月間は、誰かしらをバーに招いてテイクオーバーを開催するか、自分たちがどこかでテイクオーバーを開催しているような状況です」
テイクオーバーなどのゲスト招聘は、さまざまな形態をとる。だが核心となる考え方はシンプルだ。個人やチームのプロフェッショナルが、本拠地ではないホスト会場を訪れ、1回から数回のシフトでバーカウンターに立つ。そして自慢のシェイクやステアを披露しながら、普段そのホスト地域では味わえない独自のカクテルをつくるのだ。
バーテンダーの移動で起こる化学変化
このようなイベントは、世界中のバーテンダーたちがコミュニティを築く効果的な手段となっている。独自の知識、レシピ、創造性、ホスピタリティへの幅広いアプローチを共有する機会なのだ。
旅するバーテンダーにとっては、本拠地を離れた場所で名前を売ったり、新しい学びを得たりするチャンスも増える。このようなイベントは世界中で開催され、時間の経過とともにまったく新しいバーシーンの発展に大きく貢献してきた。そんなイベントの功績について、アンディ・ラウドンは指摘する。
「ゲストシフトの隆盛は、間違いなく一部の新興国や地域に良い影響をもたらしてきました。たとえば私が6年間働いていたシンガポールでは、2008年の時点でカクテルシーンと呼べるものがほとんど存在していませんでした」
だがその後、『ティップリング・クラブ』『ナットメグ・アンド・クローブ』といったバーがオープンし、『28 ホンコン・ストリート』が加わった頃にシンガポールのカクテルブームが始まったのだという。
「業界の成長にはいくつかの要因がありますが、ゲストシフトも間違いなく一役買っています。知識を共有することを目的として開催されたイベントの影響は、特に大きいものがありました」
こうした旅するバーテンダーの活動には、単なるコミュニティ形成や専門性の向上を超えた目的もある。一部の店舗にとっては、他店でのゲスト出演が自身の国際的な知名度を高め、権威あるコンペティションや世界的なランキングでの上位入賞を後押ししてくれるからだ。
たとえば『50 ベストバー』のような影響力のあるランキングは、世界のバー業界における『ミシュランガイド』のような波及効果がある。
バルセロナの「パラディソ」は、2022年に「50 ベストバー」でナンバーワンを獲得した名店だ。人気を二分するロンドンとニューヨーク以外の都市から、初めてナンバーワンとなった画期的な店でもある、同店を代表するジャコモ・ジャンノッティは、知名度アップのみを目的としたイベントの空虚さも指摘する。
「これが『50 ベストバー』の票を集めるためだけの招待イベントなら、その下心は見抜かれてしまうでしょう。ゲストバーテンディングが関係者に何の価値も生まないのなら、やるだけ無駄な機会喪失のイベントです」
単にパーティーをする口実や、金額的な負担なしで休暇を取るための口実で開催されるイベントもあるとジャコモ・ジャンノッティは指摘する。
「そういうイベントは、本質を完全に外しています。私にとって他のバーへ出向くことは、業界内での関係を築き、維持し、強化すること。イベントの目的は、常にコミュニティの構築であるべきです」
(つづく)






