バーフードと楽しむウイスキー【1】「古時計」

April 17, 2013

 バーの楽しみと言えば、お酒だけではなくそのお店の個性が出るフード。酔っぱライター 江口まゆみのバー探訪シリーズ、今月からはバーフードとウイスキーを楽しめるバーをご紹介する。

古時計は、六本木の交差点からすぐ、夜中でも喧噪の絶えない場所にある。出迎えてくれるのは、リーゼントがトレードマークの三反田(さんたんだ)浩一さんだ。

彼の酒飲みに対する温かいまなざしは素晴らしい。酔って声が大きくなっても、ここでは「静かに!」などと言われることはない。常識的な範囲であれば、多少騒いでも許してくれる。気むずかしい知人を連れて行っても、三反田さんなら任せて大丈夫。けして丁重というわけではなく、かといって、タメ口でもなく、ちょうどいい距離感の接客で、お客さんのハートをつかんでしまうのだ。

鹿児島から10年前に上京し、古時計を開いて3年目。今でも鹿児島時代のお客さんが、東京まで飲みに来るというからすごい。人なつこい笑顔で、居心地の良い空間を演出するだけでなく、バーテンダー協会のコンテストで、鹿児島支部代表に選ばれた実力の持ち主。だから、彼のつくるカクテルは旨い。

さっそく今宵の一杯目をつくってもらおう。ベースはオールド・オーバーホルトというライのアメリカンウイスキー。そこへシャルトリューズとクランベリージュースを加える。
オリジナルでつくった色鮮やかなカクテルは、「オールド・クロック」。そう、古時計である。薬草系リキュール好きの私としては、シャルトリューズの風味が心地よい。ライウイスキーがきつすぎず、甘みもほどよくておいしい。

つまみは自家製のビーフジャーキー。オリジナルのタレに漬けて2日おき、8時間乾燥させた牛肉を、さらに2時間半スモークするという手間のかかった逸品である。タレにはラフロイグでもどした昆布のだしを使うという凝りようだ。

提供の仕方も変わっている。半生状態のビーフジャーキーにスピリタスをふりかけ、グレンリベットを一ふり。そこにいきなり火をつける。暗い店内に炎が上がり、酒飲みたちはワーッと盛り上がる。
ジャーキーをこの火でよく炙り、最後に黒胡椒をたっぷりふりかけていただく。器は骨董の有田焼だ。これ、歯ごたえが良く、味がしっかりついていて激ウマ! 炎の演出も楽しい。

三反田さんは、鹿児島で5年ほど和食の板前をやっていた。だから料理の腕前は確か。彼のスパゲティーナポリタンは絶品だし、デミグラスソースからつくるビーフシチューは看板メニューだ。どれもこれも紹介したいのだが、本日「特別に」と言って作ってくれたのがステーキサンドである。
こんがりと焼いたパンに、自家製カクテルソースを塗る。肉は和牛の最高級A5ランクの分厚いステーキ。これを塩胡椒だけで焼き、レタスと一緒にサンドイッチにする。器は明治時代の九谷焼。かぶりつくと、肉の脂の甘みにカクテルソースの酸味が溶け合って、じつに旨い。最高級の和牛はどこまでも柔らかくジューシーだ。

飲むのはタリスカーのハイボール。三反田さんがつくると、スモーキーさよりも甘さを感じるのはなぜだろう。氷が溶けかけた頃合いに、ブラックペッパーを少々加える。すると、スープのような風味になり、ステーキサンドの旨みがさらに引き立つのである。

三反田さんは板前時代、ずっと厨房で調理を担当していたが、カウンターのある店につとめることになり、お客さんに相対する楽しさを知ったという。
「自分の作ったものを、お客さんが目の前で食べている姿を見たのは衝撃的でしたね。美味しいと言われると嬉しくて。同時にお客さんとの会話が楽しくなって。そのうち、いつの間にかバーテンダーになっていました」
三反田さんのホスピタリティーは、お客さんへの感謝と愛そのものなのである。

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