保守的な慣習を変革した女性たちが、新しいウイスキー業界の成長を担う。アイルランドの現状を追った2回シリーズ。

文:ヘザー・ストルゴー

ヘザー・クランシーとアン=マリー・ケリーは、高校時代にアイルランド東部のキルデアで出会った。二人はやがて、ウイスキー業界で最大級のネットワークを創設することになる。当時はまだそんな将来の偉業について知る由もない。

高校を卒業して数年が経った頃から、二人は職場でよく顔を合わせる仲になった。最初はアイルランドの食品や飲料を輸出する政府機関「ボード・ビア」で、その後はウイスキーメーカの「グレースオマリー」で同職となったのだ。

二人の話題は、自然に仕事や職場のことになる。自分たちが働くウイスキー業界について、意見を交わすようになった頃をケリーが振り返る。

「あの頃の私たちの会話が、『ウィメン・イン・アイリッシュウイスキー』を設立する原点になりました。自分の状況や気持ちを正直に話しあうことで、お互いにさまざまな学びを得られるようになったのです」

「ウィメン・イン・アイリッシュウイスキー」が正式に設立されたのは、2023年のことだ。最初の会合から、圧倒的な成功を収めたといっても過言ではない。

創設者の二人も、そこまでの成功を目指していた訳ではなかった。当初はただ、ウイスキー業界で働く女性たちの会合を開こうと考えた。簡単な目標にも思えるが、ウイスキー業界ではほとんど前例のないことだったとクランシーが振り返る。

「設立当初の2023年は、最初の会合で20人くらいの女性が集まったらいいねと話していました。でも蓋を開けてみたら、総勢60人の女性が集まり、あわてて会場を変更しなければならないほどの盛況でした。そこから人の輪がどんどん拡大していったんです」

それ以来、「ウィメン・イン・アイリッシュウイスキー」はロー&コーで国際女性デーのイベントを主催したり、その翌年にティーリング蒸溜所でも同様のイベントを開催したりと実績を重ねた。

そして2026年には、アイリッシュウイスキーの心の故郷ともいえるミドルトン蒸溜所での祝賀会を成功させた。アイリッシュ・ディスティラーズの本拠地で開催された意義はとても大きい。

大きく広がる女性たちの輪

毎年開催されるイベントは、回を重ねるごとに変化している。毎年テーマを設定し、前年までの学びを活かしながら進化しているのだ。

ケリーは、このような変化をウイスキー蒸溜の「ヘッド、ハート、テイル」になぞらえた哲学として説明している。つまり今年のイベントの一側面が、翌年のイベントに引き継がれるということだ。

今年のイベントでは、業界全体の指導的立場にある女性たちがイベントの中心に据えられた。ここ数十年におけるウイスキーブームも手伝って、多くの女性がウイスキー業界で働くようになっている。その一方で、女性が専門性を高めて成長するための支援体制は足りていない。今こそ改善を加速させようという認識が根底にあった。

ウィメン・イン・アイリッシュウイスキーを共同で設立したアン=マリー・ケリー。開催するイベントは、初年度から予想を超える大勢の参加者を集めてきた。

パネルディスカッションでは、アイリッシュ・ディスティラーズに所属する女性幹部たちの専門知識が活躍することになった。そもそもアイリッシュ・ディスティラーズといえば、アイルランドを代表するウイスキーを生み出した重要な企業だ。国産ブランドの蒸溜および熟成を管轄するジェイミー・ジョーダンに加え、アーカイブ責任者のキャロル・クインもディスカッションに登壇した。

アイリッシュウイスキーの歴史に関する二人の専門知識は、男女平等の推進に向けたこれまでの歩みを的確に位置づけるものだった。特にクインは、業界の歴史的経緯を詳しく説明してくれた。

「アイリッシュ・ディスティラーズの歴史を文書で振り返ってみました。従業員と職務を記録した賃金台帳を振り返ると、やはり女性の不在が特に際立っています」

かつてもボトリングの現場責任者を女性が務めたり、父からの相続によって短期間だけ女性がブランドのオーナーになったりすることはあった。だがそれを除けば、女性が要職を務めた例はほとんど見当たらなかったのだという。

もちろん肉体労働が伴う業種なので、女性の不在も歴史的に見て驚くべきことではない。工場労働が必要な他業界にも、同じような歴史はある。だがこれは、アイルランドをはじめとする世界中の社会が、何世代にもわたって続けてきた悪しき慣習も反映しているのだとクインは指摘する。

「アイルランドは、1980年まで女性が融資を受けにくい社会でした。男性の保証人がいない限り、女性への融資が拒否されることもあったのです。このような実態が比較的最近まで維持されたことも、女性が起業する障壁となっていました」

あらゆる部門で女性の活躍をサポート

ミドルトン蒸溜所で開催された「ウィメン・イン・アイリッシュウイスキー」のイベントは、そのような過去を乗り越えた現地点を物語る場でもあった。その大きな成果についてクイン氏は語った。

「アイルランドのウイスキー業界における女性たちの活躍は、過去20年間で飛躍的に進みました。今日では多くの管理職をはじめ、蒸溜担当者、ブレンダー、オーナーなどのあらゆる部門や役職で女性が活躍しています」

ウイスキー業界における女性の存在感は、世界中でますます高まっている。なかでもアイルランドは、21世紀以降のアイリッシュウイスキーの人気によってその動きを加速した。

アイリッシュ・ディスティラーズの社員たちが登壇し、社会の構造的な問題について語り合った。左からキャロル・クイン、ジェイミー・ジョーダン、イーファ・クラーク、アリス・キャロル。

世紀の変わり目には稼働中の蒸溜所がわずか3箇所にまで減ったアイルランドでも、現在では約50箇所の蒸溜所がウイスキーをつくっている。それぞれの製造現場には、当然のように多くの人材が必要となってきた。

女性が活躍できる機会は拡大し、輝かしいキャリアを歩む女性も増えている。そんな当事者たちの存在は、今年のパネルディスカッションでもはっきりと印象づけられた。

参加したパネリストには、サントリー・グローバル・スピリッツでパブリック・アフェアーズとアルコール・イン・ソサエティ部門を担うイーファ・クラークや、テキサスの「フォクセズボウ・アイリッシュウイスキー」の創業者アリス・キャロルもいた。

アイリッシュ・ディスティラーズの親会社であるペルノ・リカールでウイスキー業界でのキャリアをスタートさせたアリス・キャロルは、新大陸で独自のアイリッシュウイスキーを立ち上げることなった。それまでの伝統的なアイリッシュウイスキーらしいストーリーと一線を画し、未来のウイスキーのイメージを大胆かつ鮮やかに生み出したのだ。

イベントに集まった女性たちは、幅広い分野での知見を披露してくれた。これは「ウィメン・イン・アイリッシュウイスキー」が明確に意図するところでもある。創設者のヘザー・クランシーとアン=マリー・ケリーは、さまざまな役割、職位、勤務地をまたいで女性同士をつなぐことに重点を置きたいと考えている。
(つづく)