乗り越えるべき壁が高いほど、共に乗り越える意欲が増す。女性たちの改革は、業界の生き残りに欠かせないレジリエンスを育てている。

文:ヘザー・ストルゴー

北アイルランドとアイルランド共和国は、同じアイリッシュウイスキーの規則にもとづいて生産されている。それでもアイルランドという地域が、本質的に分断されていることは否定できない。文化、物流、規制などの違いや障壁は、今でもアイリッシュウイスキーの課題として残っている。

そのような分断も、女性たちの歩みを止めることはない。ミドルトン蒸溜所でおこなわれた「ウィメン・イン・アイリッシュウイスキー」のイベントでは、主催者によるグループ分けでさまざまな立場の女性たちが交流を深めた。

企業の取締役と蒸溜を学んでいる学生がつながり、シニアコンサルタントと観光業界の担当者がつながる。ウイスキー業界では、やはり人脈がキャリアを左右する。人的結束の固い業界でありながら、女性たちが集まる機会は限られてきた。だからこそ、シンプルな人と人とのつながりが人生を変えることも多いのだ。

女性たちの人的なつながりは、従来の枠を越えて広がっている。「ウィメン・イン・アイリッシュウイスキー」の主催者たちも、この着実な変化を喜んでいる。当初からコアメンバーだったアイリッシュウイスキーの専門家だけでなく、関連する業界からの参加者も増えているのだと創設者のヘザー・クランシーが教えてくれた。

「ホテル経営者、バーテンダー、蒸溜学科を開設している大学の関係者など、より多くの分野から多彩な方々が参加し始めています。みんな『こんな部門でも女性が活躍できるのか』と気づいて、目から鱗が落ちるような体験をしているんです」

ウィメン・イン・アイリッシュウイスキーのイベントは、終始なごやかな空気に包まれる。さまざまな立場の女性たちが集う交流の場だ。

ミドルトン蒸溜所の貯蔵庫で働くデニス・キャランは、現在「VINTA」という名のプロジェクトに取り組んでいる。これは欧州連合(EU)が資金を提供するプロジェクトで、ウイスキー、ワイン、ビール、その他のスピリッツなど酒類全般における女性の労働環境を調査するものだ。調査でわかったことをキャランが説明してくれた。

「酒類市場では相当な割合を女性の消費者が占めているのに、生産や製造の現場では女性が十分に活躍していないことがわかってきました。女性に役職が与えられている場合でも、いわゆるガラスの天井が存在して、重要な意思決定を担う女性は多くありません」

女性が深く関与している役割は、ブランディングやマーケティングに限られているのが一般的だ。だからこそ、この問題に目を向ける必要性があるのだとキャランは言う。

このEU主導のプロジェクトには、最終的な目標がある。それは学習リソースやリーダーシップ向けのビジネススキル向上プログラムを開発すること。そして雇用主がインクルーシブな包摂的な職場を構築するのに役立つツールを幅広く提供することだ。

プロジェクトの調査対象地域は、西はアイルランドから東はウクライナまで、北はデンマークから南はポルトガルにまで及んでいる。飲料業界全体と欧州各国の状況を俯瞰することで、ベストプラクティスの事例を幅広く特定できるかもしれない。そこから新しい知見や次の一歩を共有することも期待されている。

たとえばビール部門では女性が活躍しているのに、スピリッツ部門では苦戦しているといった結果が出た場合、調査の詳細はステークホルダーたちが効率的な変革を促す助けにもなるだろう。その具体的な手法やヒントは、すでに成功した近接の部門から得られるのだとキャランは説明する。

「調査のターゲットには、飲料業界でのキャリアをまだ検討していない若い女性たちも含まれます。自分がどんな役割を目指せばよいのか、確信を持てていない女性も多いのも事実。そこに事例研究や個人の体験談があれば、実際の役割が浮き彫りにできます。蒸溜技師のリーダーとして活躍する女性の姿を見れば、そのキャリアパスを参考に自分の道を切り拓く助けにもなるでしょう」

このプログラムを通じて、EUは欧州全土の酒類業界で女性たちをつなぐメンター制度を構築しようとしている。これは決して形だけの取り組みではない。酒類業界が21世紀を通じて繁栄し続けるためには、経済的にも、実務的にも、女性の存在が不可欠なのだとキャランは強調

堅苦しいプレッシャーは不要

アイルランドの酒類業界における女性の歴史、進歩、未来についての真剣な議論をしながらも、イベントでは楽しい交流もある。

お酒をゆったりと飲みながら素晴らしい音楽を愉しむため、「ウィメン・イン・アイリッシュウイスキー」の女性たちは「ウイスキー&ヴァイナル」という名のセッションを企画した。業界の専門家と消費者が一堂に会し、アナログレコードの良質な音楽に耳を傾けるイベントだ。

これのイベントは参加資格を制限せず、未知の音楽やウイスキーとの出会いを演出してくれる。専門用語やテイスティングノートにまつわる堅苦しさはなく、毎回のセッションが驚くほど人気を博しているのだとクランシーが説明してくれた。

「このコンセプトを気に入ってくれた消費者や業界関係者が、バランスよく集まってくれます」

最近ではグレンダロッホ蒸溜所と提携して、ウィックローで開催される人気フェスティバル『ビヨンド・ザ・ペール』でも音楽を楽しんだ。その際に、グレンダロッホ・エステートのオーク樽で熟成されたウイスキーも紹介したのだという。

ミドルトン蒸溜所に集ったウイスキー業界のリーダーたち。左からアン=マリー・ケリー、キャロル・クイン、イーファ・クラーク、アリス・キャロル、キーヴァ・ゴードン、ヘザー・クランシー。

良質な音楽、美味しい食事、そして楽しいひとときが約束されるイベントで、参加ブランドが従来とは異なる新たな層にアプローチできる機会は計り知れないとクランシーは言う。

「みんな気軽に参加して、ウイスキーをゆっくり味わいながら楽しい時間を堪能できます。そこに変なプレッシャーはありません。私たちはウイスキーにまつわる余計な先入観も削ぎ落とし、ただ純粋に楽しむことを追求しています」

アイリッシュウイスキー業界は、伝統と現代性を両立させながら成長している。ウイスキー製造の歴史を更新し、これまでにない活気を各企業にもたらしてきた。活躍の場を見出した女性たちは、もう業界の歴史からこぼれ落ちたりすることもない。

「ウィメン・イン・アイリッシュウイスキー」のアイデアはますます広がり、その着眼点も変化している。女性たちは組織を前進させながら停滞を防ぐため、新しい人材やアイデアを取り入れることにも熱心なのだとクランシーは言う。

「新しい人たちも、どんどん前に出て主張してほしいと願っています。いつでも参加を歓迎していますから」

クランシーはアイルランド各地で数々のイベントを開催し、チケットも毎度完売だ。業界の女性たちからの大きな関心は、「ウィメン・イン・アイリッシュウイスキー」の創設者たちを今でも驚かせてくれるのだと嬉しそうに語る。

「最初は単なるネットワーキングイベントみたいなイメージで始めましたが、今では5年が経って約400人もの女性がつながりました」

新しいアイリッシュウイスキーの物語は、まだまだ続いていく。これから書かれる次の章には、かつてないほど多くの女性が登場するだろう。「ウィメン・イン・アイリッシュウイスキー」は、そんなウイスキー業界の未来を力強く後押ししているのだ。