職住一体のウイスキーづくり【前半/全2回】
文:アナ・ラーキン
世界がコロナ禍に見舞われた2020年以降から、「在宅勤務」という概念が各地で根づき始めた。この働き方には、人それぞれに好き嫌いがあるだろう。
だがウイスキー製造の世界で、職住一体の働き方は昔からなじみ深い。スコットランドの蒸溜所で働く従業員たちは、伝統的に敷地内に居住することが多かった。蒸溜所が僻地にあり、また予測不可能な天候に対応するためには、生産設備のそばで暮らす必要があると考えられてきたからだ。
現在の世界で、ほとんどの蒸溜所から敷地内の住居は失われてしまった。それでも各地を探すと、職住一体の生産体制がわずかに残っている。ポッドキャストを聴きながら毎日通勤する生活と決別し、究極のホームオフィス環境を手に入れた従業員たちがそこで働いている。
ウイスキー製造における職住一体のメリットとは何だろう。現代の生活スタイルとどのように調和できるのだろうか。最終製品そのものに、何らかの実質的な影響はあるのだろうか。
なんだかんだ言っても、お金がものをいう世の中だ。多くの蒸溜所は、経営を維持するために観光客向けの体験プログラムを充実させている。その影響で、蒸溜所が所有していた従業員用のコテージが売却されたり、賃貸物件に変えられたり、建物自体がビジター用の体験施設に転用されたりといったケースも増えた。
だからこそ、今の時代でもなお従業員用の住居を維持している蒸溜所は称賛に値する。
スコットランドで、全従業員に敷地内での住居を提供し続けている蒸溜所がひとつだけある。それがハイランド地方のトマーティン蒸溜所だ。インヴァネスから南へ25キロほど離れた僻地にあるため、どうしても自前の住居が必要なのだ。
この地域では15世紀から長年にわたってウイスキーの密造がおこなわれてきた。ジョン・マクドゥガルが1897年に設立したトマーティン・スペイ・ディスティラリー・カンパニーは、この地域で初めての合法的な認可蒸溜所だった。
今日でもトマーティンのウイスキーづくりは、すべてにわたってハイランドという土地の条件によって形作られている。蒸溜所長のジェイミー・ミュアは、次のように語る。
「標高の高いモナドリアス山地にあるトマーティン蒸溜所は、周囲から孤立しているように感じられる人も多いことでしょう。でもこの涼しく安定した環境こそが、ハイランドらしいシングルモルトにトマーティン独自の繊細な個性を授けてくれるのです」
僻地の必然とロマンチシズム
ハイランドの誇りを体現するトマーティン蒸溜所は、すべての企業活動が蒸溜所内のコミュニティと一体である。そこには独自の生活様式が根付いているのだとミュアは語る。
「蒸溜所の敷地内に住むことで、周囲の環境を深く味わうことができます。香りや、音や、敷地内の空気まで、すべての要素が完成品への親近感を深めてくれます。私たちのウイスキーに対する配慮や感謝の気持ちは、みんな一緒に生きることでさらに強まります。敷地内に住んでいなければ、同じように感じることはできないでしょう」
純粋に実用的な観点から見ても、職住一体の生活には顕著な利点がある。それはトラブルシューティングのしやすさだ。設備に不具合が生じても、現場には常に対処できる人がいるのだとミュアは言う。
「現場で問題が起きても、チームには驚くほど迅速に解決できる力量があります。なにしろ職場まで歩いて10秒という近さなので、たとえ1メートルの雪が積もった朝でも、出勤を諦めるような言い訳はできないんです(笑)」
問題は迅速に対処できるし、トラブルが発生時もチームメンバーが状況を把握しやすい。このような即時対応を成功させることで、職場の良好な人間関係も育まれる。それがひいては最高のウイスキーをつくるという最終目標に好影響を与えるのだ。
蒸溜所の運営を完全に自動化していない限り、このようにハイレベルな対応の細やかさは特に重要になる。その例が、人里離れたアードナムルッカン半島に位置するアードナムルッカン蒸溜所だ。
ここでは完全に手作業のウイスキーづくりを実践しており、生産のあらゆる段階でチームのメンバーが作業を加えなければならない。少数精鋭の従業員が敷地内に居住し、効率よく製造工程全体にハイレベルな関与を維持している。
製造監督のアラステア・マッケイは、この生産体制の特徴について次のように語っている。
「製造の全工程において、オペレーターがいちいち関与する生産体制です。ここでは経験を通じて培われた暗黙知や、直感的な判断が重要な意味を持ってきます。敷地内に住むことで、その判断の精度はさらに深まっていくのです」
(つづく)







