タスマニアン・ウイスキー・ウイークが10周年
新興ながらワールドクラスのウイスキーを生産する辺境の業界。タスマニアンウイスキーの成長を10周年のイベントで振り返る。
文:ティス・クラバースティン
オーストラリア本土から、南に250kmほど離れたタスマニア島。州都ホバートの港に面したサラマンカ地区には、多目的コンベンション会場「プリンセス・ワーフNo.1」がある。
この会場で開催される「タスマニアン・ウイスキー・ショーケース」には40社あまりの出展ブースが並び、6時間にわたって来客を受け入れる。人混みの中で、マーク・ティーグは見覚えのある顔を見つけた。
その紳士は1981年から地元の愛好会に所属する古参のウイスキーファンだ。一人で会場を歩き回り、スタッフと会話を交わし、後でゆっくり楽しむためにボトルをいくつか購入している。ウイスキーを選ぶその姿に、ティーグは敬意と誇らしさを感じた。
その紳士から、ティーグは以前に連絡をもらっていた。タスマニアンウイスキーの振興に尽力しているティーグは、さまざまな問い合わせを受ける。紳士の相談は「8月のタスマニアン・ウイスキー・ウイーク中に、参加すべきおすすめイベントを教えてほしい」というものだった。
「そんな問い合わせには、いつも土曜日の『タスマニアン・ウイスキー・ショーケース』をおすすめしているんです。なんといってもハイライトですから。友人や家族と一緒でもいいし、一人でも気軽に参加できます。ウイスキーを味わうだけでなく、業界を陰で支える人々と交流できるチャンスです」
イベント会場に漂うあたたかな開放感には、深いルーツがある。現代タスマニアンウイスキーの先駆者であるビル・ラークとリン・ラーク夫妻は、ここタスマニアで「協働の文化」を築き上げ、成長するウイスキー業界内に助け合いの精神を受け継いできた。
二人の娘のクリスティ・ラークは、現在キララ蒸溜所を経営し、タスマニアンウイスキー&スピリッツ協会長を務めている。新規参入者を歓迎する業界の習慣は、親世代からの強い方針だ。相互に助けあうカルチャーは、今もなおしっかり根付いているのだとクリスティは語る。
「タスマニアン・ウイスキー・ウイークは、助け合いの精神の延長線上にあります。私たちの大きな目標の一つは、ウイスキーを通じて人々を結びつけること。メーカー、愛好家、初心者を含むあらゆる人々にぴったりのイベントがあり、みなさんがタスマニアのウイスキー業界を身近に感じられるコミュニティづくりに注力しています」
タスマニアンウイスキーが身近な存在に
クリスティ・ラークは、過去8年間にわたってイベント組織委員会のメンバーを務め、タスマニアン・ウイスキー・ウイークの成長を目の当たりにしてきた。第1回の「ショーケース」に参加した蒸溜所はわずか12軒で、運営もボランティア主導だった。第10回を迎えた今大会までの変化はダイナミックだった。
ウイスキー・ウイークは9日間にわたり、タスマニア全土で30以上のイベントが開催される。そのハイライトである「ショーケース」には、40軒以上の蒸溜所が参加している。
毎年恒例となっている「ミート・ザ・メーカー」は、クリスティいわく「ディスティラーとのお見合い」のような催し。ウイスキーと香水の「センサリー・ペアリング」は、今年初めて開催された新しい試みだ。こちらはサリヴァンズ・コーヴとタスマニアの香水メーカー「ザ・ラコンテュール」とのコラボである。
人々がイベントを繰り返し訪れる理由は、生産者たちとふれあえる親近感だ。来場者は「ショーケース」で蒸溜所の経営者に会って言葉を交わし、肌寒い8月の夜に蒸溜所や貯蔵庫を訪れたりする。サリヴァンズ・コーヴのCEOを務めるアンディ・ゴーントは次のように語る。
「さまざまな意思決定をした本人たちから、直接話を聞けるのは素晴らしい体験です。タスマニアは大して広くもないので、1週間で多くの蒸溜所を巡ることができます」
クリスティ・ラークも同様に「業界内部とのつながり」がイベント期間のチャンスだと指摘している。タスマニアのウイスキー業界はまだ若いので、来訪者が家族の一員のように迎えられるのだ。
「蒸溜所の創設者や、ウイスキー業界の創始者たちと会話できるのもタスマニアのいいところです」
沿岸の町ビシュノーにあるウォーブス・ハーバー蒸溜所では、そんなタスマニアらしさが顕著に実感できる。共同創業者のベック・ポルミアが語る。
「ロブ、ティム、私(ベック)、そしてスタッフ全員が、同じ部屋に集まることは不断ならめったにありません。でもイベントのブースでは一度に全員と会えるのでぜひご来場ください」
成長しても地元の仲間同士
マーク・ティーグは、イベントの訪問者を2種類に分類している。ひとつは常連客で、主に昨年からの変化を確認しに来る。つまり蒸溜所のスタッフの入れ替えや、新しい製品などを知りたい層だ。もうひとつのタイプは一見客である。多様な背景や異なる動機を持ったメーカー各社を知り、予想を超えた幅広い個性のウイスキーに驚いてくれる。
このような開かれた業界の体質は、生産者同士の関係にも見て取れる。業界が成長した今でも、彼らの絆は失われていないとアンディ・ゴーントは言う。
「生産者がこれほどまでに増えると、誰もが自社のビジネスだけに集中してしまいがちです。でもタスマニアではそうなっていません」
サリヴァンズ・コーヴは、競合メーカーのヘリヤーズ・ロード、カリントン・ミル、ウォーブス・ハーバー、スプリング・ベイを自社の敷地内に招き、各社がそれぞれのウイスキーを紹介できる場を設けた。この理由をゴーントが説明する。
「海外におけるタスマニアンウイスキーの知名度は、地域のブランドの集合体として評価されがちです。だからひとつのタスマニアの蒸溜所が評価されれば、他の蒸溜所にも注目が集まることになるのです」
ベック・ポルミアはさらに率直に述べる。
「お互いの存在がなければ、タスマニアのウイスキー産業は成り立ちません。相互に協力するほど、みんなでどんどん成長できるのです」
かといって、友好的な競争心がなくなるわけではない。チケットが1時間以内に完売したマーク・ティーグの主催イベント「ティーグズ・シングルカスク・オデッセイ」では、各社が健全な競争心を発揮している。蒸溜所の人々はみな「今夜提供できる最高の1本」を振る舞おうと集まってくるのだ。これは協力関係とライバル関係の共存である。
イベントを開催してきた10年間で、業界の規模はほぼ4倍にまで拡大した。現在はタスマニアだけで約80軒の蒸溜所がある。この10年で、サリヴァンズ・コーヴもワールド・ウイスキー・アワード(WWA)で4度の「ワールドベスト・シングルカスク」を受賞するという未曾有の快挙を成し遂げている。
タスマニアン・ウイスキー・ウイーク期間中、サリヴァンズ・コーヴ蒸溜所ではフレンチオークのシャルドネ樽で熟成したウイスキー(18年熟成)が開封された。ちょうどロンドンからWWAのトロフィーが届いたばかりだった。
サリヴァンズ・コーヴのウイスキー製造部長を務めるヘザー・ティロットが、ゲストに特別なウイスキーをふるまった時間を振り返って語る。
「会場を見渡すと、ウイスキーコミュニティのみなさんが、私たちと共に祝うために集まってくれていました。このボトルがタスマニアにもたらした栄誉を自分のことのように喜んでくれていたんです。あの時間そのものが、私にとってこのイベントのすべてを象徴していました」
業界が成長しても、イベントの親密さを失いたくはない。そう考えたクリスティ・ラークは、各蒸溜所での小規模な集まりにも重点を置いたとだという。
「初年度と比較すれば、業界の成長は明らかです。ワールドクラスのウイスキー生産地域になったのに、今でも業界の創始者たちに会って、その元気な姿を見られる機会が残っているのがタスマニアの素晴らしいところです」
そんな「小ささ」がもっとも実感できるのも「ショーケース」の会場なのだ。そこでは、ウォーブス・ハーバーのメンバーたちと他の蒸溜所の3人が、来場者たちにウイスキーを勧めていた。ウォーブス・ハーバーのベックポルミアが語る。
「ライバル同士の競争関係を脇に置いて、素晴らしい一杯を分かちあう喜び。そんな瞬間をいつも選んでいるんです」
タスマニアには「潮が満ちれば、すべての船が浮かぶ」という諺がある。タスマニアン・ウイスキー・ウイークが始まって10年が経ち、今ではたくさんの船が港に停泊している。そして港は、今でも大きく外海に向かって開かれている。






