スコッチウイスキーの後継者計画【第3回/全3回】
直接学べない場合は、原点に立ち返って理解する。レイチェル・バリーの経験から、複数ブランドの継承について考える。
文:マーク・ジェニングス
マーク・ワトソンとは、まったく異なる後継者の物語もある。それがレイチェル・バリーのケースだ。ブラウン・フォーマン傘下のシングルモルト蒸溜所(ベンリアック、グレンドロナック、グレングラッサ)のマスターブレンダーに就任したのは2017年のこと。ブラウン・フォーマンがベンリアック蒸溜所を買収して起こった体制変更だった。
この3つの蒸溜所を管轄してきた前任者は、スコッチウイスキー業界でも特に尊敬されるビリー・ウォーカーだった。その後はグレンアラヒーで新たな章へと進むことになるウォーカーだが、自身が育てた蒸溜所の評判を築き上げためにバリーへの事業継承を成功させる必要があった。
だがバリー自身は、この移行を大げさなドラマとしては捉えていなかった。その時点で、すでにバリーはスコッチウイスキー研究所、グレンモーレンジィ、アードベッグ、ボウモア、オーヘントッシャン、グレンギリーで数十年にわたる多彩な経験があり、それぞれの現場で確固たる地位を築いていたからだ。
ウォーカーはすでに次の事業に向かって歩んでいたので、長期間にわたる正式な引き継ぎはない。だがそんな状況も、バリーにとっては弱点にならなかった。逆にフォーマルな引き継ぎができないことで、すぐ仕事に取り掛かることができたのだ。
その仕事は膨大だった。当時のブラウン・フォーマンは、スコッチ業界に参入したばかりである。ポートフォリオには3つの異なるシングルモルトが含まれており、それぞれ独自の原酒、スタイル、基準、可能性があった。
バリーはこの任務を「一貫性と品質を守り、ウイスキーの成長を可能にする準備」という言葉で説明してくれた。ブラウン・フォーマン傘下のバリエーションとして均一化するのでなく、それぞれの蒸溜所がいっそう明確な方向性を持って前進できるように、事業体制を整備し強化することが目標となった。
これはワトソンのケースと面白い対照をなしている。ハイランドパークの後継者育成は、世代をまたいだ親密なものであった。ワトソンの傍らで、ゴードン・モーションが試飲し、評価し、説明し、考え方を引き継いでいった。
一方のブラウン・フォーマンにおける後継者育成は、バリーを中心に組織的かつ専門的に進められた。その内容は樽、スタイル、リリース、工程、品質基準、ウイスキーファンの期待などの複雑な要素に踏み込みながら、首尾一貫した計画に落として進めていくことだった。
レイチェル・バリーは、3つの蒸溜所を個人的な視点から土地の物語に結びつけている。ベンリアック、グレンドロナック、グレングラッサは、スコットランド各地の魅力を背景としており、バリー自身の幼少期の記憶にも結びついている。
この個人的な感覚は重要な点だ。なぜならバリーが受け継いだウイスキーづくりが、単なる原酒の在庫管理を超えたものになるきっかけだからだ。バリーは明瞭でプロフェッショナルな言葉を使いながらウイスキーづくりを語る。だがその背後には地理的な理解があり、パーソナルな感覚と感情も息づいているのである。
バリーがウイスキーづくりの事業継承を振り返ると、最初期にはキャリアの方向を決定づけたジム・スワン博士やスコッチウイスキー研究所との関わりに立ち戻る。このような遺産は、とても興味深い。
スワン博士が現代のウイスキー(樽の管理、熟成工程、品質への理解)に与えた影響は計り知れない。バリーにとって、そのような英知を継承するのは、単に誰かの役職を引き継ぐということに留まらなかった。
それは思想や哲学を吸収することだ。つまり樽を理解し、品質の構築を理解し、科学と風味を理論的に結びつけるアプローチである。そしてファンに喜びを与えるウイスキーをどのようにつくるのかという問題に取り組むことが、ウイスキーづくりを継承するということなのだ。
このような視点で考えると、事業継承を見渡す視野は広がるだろう。ウイスキー業界における継承とは、有名な前任者が引退し、新任者の名前がプレスリリースに登場するという表層的な現象だけを意味しない。
事業継承のプロセスは、ある手法を数十年後にまで響き渡らせるメンターの存在を照らし出すかもしれない。あるいは現在熟成中の樽を用意した先人の仕事を理解することかもしれない。これからも蒸溜所が成長できるように、後継者によってさらなる強化が必要なシステムの課題があるかも知れない。あるいはすでに本質的な完成と成熟を知っているウイスキーを前に、強引な自己表現を慎むという決断も必要になるかもしれない。
不変の価値を守るための小さな改革
マーク・ワトソンとレイチェル・バリーの物語から、ひとつの真理が明らかになる。それは後継者が受け継ぐのは「意味」や「価値」であるということだ。これから受け継ぐ具体的な素材には、すでに多くの意図が込められている。
平凡な樽など、実際には存在しない。ストックは単なる在庫以上の可能性や価値がある。それらはみな過去の決断のアーカイブであり、素晴らしい原酒や実用的な原酒がさまざまにある。引き継ぐ者にとって、謎めいたものさえあるだろう。
だからこそ、後継をめぐるドラマを誤解してはいけない。部外者の視点からは、ある名前が別の名前に置き換わっただけに見えることもある。

ビリー・ウォーカーとレイチェル・バリーは、引き継ぎで一緒に働く機会がなかった。そのためマスターブレンダーを受け継いだレイチェル・バリーは、原酒のポートフォリオを分析しながら各商品の戦略を立て直している。
だが業界の内部では、引き継ぎはもっと緩やかで、蒸溜所ごとの事情があり、派手さの少ないものである。ウイスキーが変わる前に、人が変わるという手続きだ。新たな判断が表れるまでには何年もかかることがあり、そんな変化は他の多くの手が関わった液体を介して現れるのだ。
後継者選びは、できるだけゆっくり進めるべきだとワトソンは語る。その言葉には真実がある。スコッチウイスキーが急激な変化を警戒するのは、それなりの理由がある。
ゆっくり進むからといって、停滞しているわけではない。優れた後継者は、単に過去を保存するのではなく、かといって自分を証明するために過去を打ち破るわけでもない。過去を研究し、試し、守り、問い直し、可能な限り新たな要素を加えていくのが事業継承のあるべき姿だ。
ワトソンは、インタビューの最後に重要なことを教えてくれた。それは名匠が去った後に心がけるべき新任者の鉄則についてである。
「このような役割を引き継ぐ目的は、自分の色に染めてエゴを押し付けるためではありません。事業を引き継ぐのは、大切なものを守り、それをどこまでも深く理解し、受け継いだ時よりも強靭な状態にして後世に残すためにこそなされるべきです」
それこそが、真の継承なのだろう。肩書きの移譲ではなく、公の発表でもなく、新任者の名前が印刷された最初のラベルですらもない。それは、ある人から別の人へとゆっくり責任が引き継がれていく過程のことだ。
やがて生まれてくるものが、依然として紛れもなく同じアイデンティティを維持していること。それが感じられるという希望こそが事業継承の目標となるのだ。





