ウイスキー不況を横目に、海外販路と観光施設の拡充を進めるウィレット蒸溜所。その確かな品質は、新しいファン層を獲得しつつある。

文:ヘザー・ストルゴー

ウィレット蒸溜所の再建に先立って設立されたケンタッキー・バーボン・ディスティラーズは、かつてのウィレット蒸溜所で製造された良質なウイスキーも他社に販売していた。だが自社でボトリングするために、残していた原酒はなかったのだろうか。

ウイスキー専門の競売会社「ウイスキー・オークショニア」の主任キュレーターを務めるジョー・ウィルソンが答えて言う。

「操業休止前にウィレット蒸溜所でつくられていたウイスキーは、自社の『ウィレット・ファミリー・エステート』というブランド名で発売されています。このシリーズは2006年から継続してボトリングされており、現在までに膨大なラインナップが揃いました。一部のバーボン愛好家にとって、まさに宝の山のようなブランドのひとつです」

品質へのこだわりを象徴するウィレット蒸溜所のポットスチル。メイン写真は、蒸溜中のポットスチルをチェックするドリュー・・クルスヴィーン。

このようなリリースは、シングルバレル商品としてボトリングされている場合が多い。つまり樽単体で大きな魅力があるバーボンやライウイスキーの可能性を際立たせるようなウイスキーだ。

他社から購入した原酒であれ、自社で蒸溜した原酒であれ、ケンタッキー・バーボン・ディスティラーズはアメリカンウイスキー業界全体におけるシングルバレル商品の人気に一役買ってきた。

このような原酒の商品化にあたって重要なのは、樽に入ったウイスキーを選ぶタイミングだ。この作業に現在も熱意を注ぎ続けているのが、息子のドリューである。

「熟成期間だけに注目しているわけではありません。熟成期間が15年にも及ぶウイスキーもあれば、比較的若いウイスキーの中にも際立った個性が見いだせます。熟成期間が短いのに、長期熟成のウイスキーよりも香味豊かなウイスキーもあります。すべては樽次第なのですが、特別な工夫なしでも勝手にうまく熟成してくれるのが、私にとっての素晴らしい樽だといえます」

娘のブリットは、樽原酒の魅力を雪の結晶に例えて言う。

「二つとして同じ樽はありません。グラスに注げば、どの樽も他にはない個性を表現してくれます。初めて樽原酒の選定をした時は、5歳の頃に祖母のウィレットがサンクスギビング用に手作りしたイーストロールの焼ける匂いを思い出しました」

そのイーストロールは、粉砂糖とバーボン「オールドバーズタウン」を混ぜたペーストだったのだとブリットは言う。

「まさに元祖バーボンというべき味であり、私たちの礎である祖父のレシピでした。数十年後にウイスキーの樽からウイスキーを取り出して試飲したとき、いろんな感情が胸の奥底から湧き上がってきました。だからその樽を『フロステッド・イーストロール』と名付けたんです」

これこそ人間同士のつながりが生み出したウイスキーではないか。一人ひとりのDNAと同じくらい唯一無二の記憶が、ウイスキーの香りで呼び起こされることもあるのだ。

両親の夢を実現させた姉弟

ドリューは2003年から両親を手伝って家業の運営に加わり、ブリットも2005年に続いた。二つの世代が家族として共に働いた年月は、かけがえのない宝物だとブリットは言う。

「父は事業の運営面を主に担当していました。母はそれ以外のすべてをこなしていました。経理から、ビジネスに関わる人々との折衝もすべて母の仕事でした」

ケンタッキー・バーボン・トレイルでも、屈指の人気を誇るビジター体験。レストランとバーのクオリティは折り紙付きだ。

ウイスキーづくりにおいて、製造現場から離れた仕事は一見華やかさに欠ける。だが蒸溜やブレンドと同様に、決して欠かせない重要な仕事でもある。母のマーサはエーベンを支え、家族全員を支え、蒸溜所を支える存在だったのだとドリューは振り返る。

「父が何かアイデアを思いつくたびに、母は父を後押ししてくれました。二人は一緒にラベルのデザインにも取り組んでいました。本当に素晴らしい関係から、忘れがたい成果も生まれていたんです」

手描きのイラストをあしらったウィレットのラベルは、数あるバーボンブランドの中でも特に象徴的なデザインとして知られている。

二世代の家族がウイスキー製造に携わるなかで、ウィレット蒸溜所の再稼働に向けた動きは加速し始めた。蒸溜所の象徴でもあるポットスチルが設置され、初めて蒸溜された最初の原酒が貯蔵庫Aに搬入されたのは2012年1月27日のことだ。創業者トンプソン・ウィレットが生きていたら、103回目の誕生日に当たる日でもあった。

ブリットによると、ウィレット蒸溜所の再稼働を成功させた要因は家族全員の強い独立心である。それはある種の頑固さであり、不屈の精神やレジリエンスと呼べる態度だ。家族が団結し、自らの理念と価値観を貫き通すことで、蒸溜所は数十年にわたる試練を乗り越えた。

ビジターに愛される理由

新しいポットスチルを擁する蒸溜所の本格的な稼働と並行して、ビジター向けの体験プログラムも用意された。それまでは、観光客が蒸溜所に現れるたび、ブリットが道を駆け上がって案内するスタイルだった。今日では、ケンタッキー・バーボン・トレイルの中で最も有名かつ親しみやすいスポットの一つとなっている。

蒸溜所の敷地内は、入念に手入れされている。キャンパス全体に、美しい花や緑が広がる環境だ。ビジターセンターから階段を上がり、堂々としたノルウェーの国旗を過ぎたところにバーとレストランがある。

このレストランは、昨年ジェームズ・ビアード賞の「傑出したバー」部門で全米のセミファイナリストに選ばれた。この部門の表彰者としては、唯一の蒸溜所付属レストランである。

ケンタッキー・バーボン・トレイルの常連たちの間では、レストランの料理にも熱狂的なファンが付いている。シンプルながら風味豊かなエッグサラダサンドイッチは、常に「必食」のアイテムとして挙げられているほどだ。

昨年に相次いでこの世を去ったエーベン(左)とマーサ(右)。生涯をかけたウイスキーづくりの理想は、いまや次の世代へと受け継がれている。

そのような蒸溜所の魅力について、ブリットはシンプルなコンセプトで説明してくれる。

「ポーチでくつろいで、カクテルでも飲みたくなるような気分がここにはあります。自分らしく、一番好きな時間を過ごせるような場所です」

弟のドリューも同意する。

「自宅でゆったりくつろぐように、蒸溜所での時間を楽しんでほしいと願っています。ここで一緒に時間を過ごす何千人もの人たちのために、素晴らしい雰囲気を作り出せるのは本当に幸せなことです」

創業90年を迎えたウィレット蒸溜所に、勢いが衰える気配はない。今年は祖父が創業した伝統的な蒸溜所を補完する形で、新しい蒸溜所もオープンする予定なのだとドリューは言う。

「新しい蒸溜所でも、間もなく樽への詰め込みを始める予定です。二つの蒸溜所で、一貫した個性と雰囲気を維持していきたいと考えています。最終的には、これを次世代に引き継ぐのが目標です」

ブリットは、不況も囁かれるバーボン業界の可能性に期待を持っている。なぜなら世界を見渡せば、バーボンの魅力に出会ったばかりの新興市場もあるからだ。

「輸出市場も国内市場も、まだまだ成長の余地は大きいと思っています」

ウィレット家は、かねてより市場開拓の可能性を海外に求めてきた。その背景には、家族のルーツの一部がヨーロッパにあることも関係しているのだろう。だが家族経営のウィレット蒸溜所で、世界征服を目論んだことなど一度もないとブリットは語る。

「私たちが望むのは、ふさわしい棚に並べてもらえることだけ。ウイスキーファンや販売業者など、さまざまな人たちと直接つながりを保てていることが嬉しいんです。まだまだ小規模なメーカーなので、直接自分たちの物語を語ることができるのも家族経営の利点です。人と人とのつながりは、決して途絶えさせないようにしています」

昨年惜しくも両親を亡くした兄妹は、今あらためて力強く家族のルーツを見据えている。