市場の低迷期を乗り越える戦略【第1回/全3回】

4月 23, 2026

低迷期に入った市場で、新進蒸溜所はどう生き延びるのか。スコッチ各社の戦略と動向を比較する3回シリーズ。

文:ティス・クラバースティン

「限定版を手に入れようと、徹夜で並ぶような時代は終わりました。(中略)オークションのロットも、最低落札価格に達しないものが大半です。買い手と売り手の期待値は、ますますギャップが広がってきました。いったん壊れてしまった市場は、ますます修復が困難になっています」ベン・オジャーズ(スピリッツ・ソーサリー創業者兼CE)が、ウイスキー市場の現状についてそう語っている。オジャーズは飲料業界で25年の経験があり、英国と中東で上級職を歴任後にスペインへ移り住んだ。いかにも厳しい評価に聞こえるかもしれないが、これが進行中のウイスキー不況だ。蒸溜所の生産縮小や、一時的な生産休止のニュースが次々に飛び込んでくる。メーカーの人員整理や、親会社の利益減少といった状況もオジャーズの言葉を裏付けている。

こうした状況にもかかわらず、スコットランドの新しい蒸溜所たちは奮闘している。嵐はまだ終わる気配もないが、さまざまな方法でこの難局を乗り切ろうとしているところだ。

ウイスキー業界は、ここ数十年にわたって全世界で繁栄を続けてきた。だから多くの新しい生産者たちにとって、現在のような厳しい市場の状況は初めての経験ということになる。これらの新しい蒸溜所たちは、景気後退にどう対処するのだろう。将来にわたってビジネスを存続する立場から、あらゆる判断と行動が重要性を増してくる。

世界経済の変化によって、需要が減少傾向にあるウイスキー業界。都市型蒸溜所のポート・オブ・リースでは、ジンとシングルグレーンウイスキーがスピリッツ事業の土台を支えている。

ロッホリー蒸溜所の営業担当役員を務めるデービッド・ファーガソンは言う。

「ここ1年は、多くの人々にとってかなり厳しい年になりました。私のところもまだコロナ禍の余波が残っており、世界各地の市場で在庫がダブついている状態です。ビジネスは停滞していますが、なんとか業務を正常に維持すべく策を尽くしています」

ロッホリー蒸溜所は、実際にどのような方法で生存を図っているのだろうか。同じような新興の蒸溜所であっても、この難局を乗り切るためのアプローチはそれぞれに異なってくるだろう。万能の解決策など存在しない。それぞれの蒸溜所が、それぞれの状況に応じて、克服すべき固有の課題を抱えている。

新しい蒸溜所も千差万別で、ちょうど初めて10年熟成のシングルモルトを発売したばかりの蒸溜所もあれば、まだウイスキーの熟成が完了していない蒸溜所もある。たとえばエディンバラのポート・オブ・リース蒸溜所は、2024年初頭に生産を開始したばかり。コロナ禍の最中に工場を建設し、ブレグジット(英国の EU 離脱)に伴う流通経路の変更で苦労し、ウクライナ戦争がもたらした光熱費の高騰にも直面しなければならなかった。

将来発売する製品がまだ熟成中の段階で、一貫した生産を維持するのも容易ではない。だがポート・オブ・リースには、幸いにしていくつかの切り札があった。その代表が、ジンのブランド「リンド&ライム」だ。国際的にジン人気が高まっていくなかで、力強く成長してきたブランドである。蒸溜所の創設以来、「リンド&ライム」は投資獲得の主役となってきた。ポート・オブ・リース蒸溜所の共同創業者であるイアン・スターリングは説明する。

「投資家のみなさんは、ジンの成功を見て今後の事業にも大きな信頼を寄せてくれました。ジンの次に主力となりそうな柱が『テーブルウイスキー』です。これはテーブルワインのウイスキー版ともいうべき商品で、中味はシングルグレーンウイスキーになっています。このジンとテーブルウイスキーが、どちらか一つでも欠けていたら、スピリッツ事業の運営が非常に不安定だったことでしょう」

ようやく創業10年を超えた蒸溜所の場合

他の新しい蒸溜所には、ある程度の熟成が済んだところもある。エアシャーにあるロッホリー蒸溜所は、初のコアレンジ商品を発売するという大きな節目を迎えた。ロッホリーは2022年に最初の商品を発売し、これまで一連の季節限定ボトルをリリースしてきた。主力製品である「アワ・バーレイ」に加え、「オーチャード&オーク」「ダーク・ブライア」「スモーク・ウィズアウト・ファイア」という3種類の通年銘柄が加わっている。

ロッホリーが発売したウイスキーは、いずれも英国および海外のパートナーや顧客からのフィードバックに応じて開発されてきた。新進のウイスキーメーカーとして、主力のラインナップを確立することでブランドにメリットがもたらされると信じていたのだ。ロッホリーがラインナップの計画を始めた頃、ウイスキー市場はすでに冷え込み始めていた。営業担当役員を務めるデービッド・ファーガソンは言う。

「もし市場の冷え込みがなかったら、当初の計画通りに各製品をボトリングしていました。予定していた商品の出荷数は、もっと多かったんです。でも現在の状況を踏まえ、私たちはあらゆることに慎重になっており、生産のあらゆる側面で無駄を省いています。つまり基本的には、受注に基づいたボトリングという方針になります。ラベルなどの印刷についても、無駄が出ないよう慎重にやっているところです」

ロッホリーのアプローチは、不確実な時代を乗り切るひとつの知恵を見せてくれる。スコットランドの新興蒸溜所では、柔軟性と現実主義がますます重視されるようになっているのだ。

ロッホリー蒸溜所では、生産量を細かく調整しながら需要減に対応している。メイン写真も、農場蒸溜所ならではの魅力にあふれたロッホリー蒸溜所の外観。

セントアンドリュース近郊にあるキングスバーンズ蒸溜所は、他の新興メーカーより一足早くスタートを切った生産拠点だ。ウィームス家が所有する蒸溜所で、2015年から生産を開始している。設立当初から目指してきたのは、クラシックなローランドウイスキーのスタイルだ。

このキングスバーンズ蒸溜所は、初めて10年熟成のシングルモルトを発売したばかりである。蒸溜所の生産責任者を務めるイザベラ・ウィームスが、ここまでの道のりを振り返ってくれた。

「時が過ぎるのは、あっという間ですね。私たちのウイスキーもようやく一定の熟成水準に達し、望んだ通りの風味プロフィールを実現しました。ここまでの成果を目の当たりにするのは、心が踊るような感覚です。当初は思い通りにスピリッツのスタイルを確立できず、予想以上の時間がかかりました。でも最終的に目標を達成できたのは、自分たちのビジョンを信じ続けたから。迷わずに仕事をしてきたおかげで、軌道から外れずにここまで辿り着きました」

キングスバーンズに続き、トラベイグ蒸溜所も初めて10年熟成のウイスキーを発売しようとしている。創業以来、着実に歩みを進めて約5年前に「レガシー・シリーズ」と題したプロジェクトを開始。その第一弾となる「イノーギュラル・リリース」を発表した。

当初の計画では、4種類の限定リリース商品を経て10年熟成のウイスキーを発売する予定だったという。ところが2025年の初頭に、当初の計画にはなかった「トラベイグ・サウンド・オブ・スレート」を発売した。さらに2026年には、初の通年商品となるノンエイジステートメントのウイスキーもリリースされる予定だ。

トラベイグのブランドアドボカシー責任者を務めるブルース・ペリーは、熟成中の原酒と相談しながら特別ボトルを発売する方針について次のように説明している。

「ニューヨークからロサンゼルスまで、車で行く計画のようなものですよ。ロサンゼルスには、いずれ必ず到着できるでしょう。でも道中は、決して計画通りにいかないのも長旅の宿命です。私たちが10年熟成のウイスキーを発売するまで、予想外の出来事が連続しました」

ペリーによれば、このような計画変更は必ずしも市場の変化に起因するものではない。どんな計画を立てても、市場は変化するものだからだ。そして実際に市場はいつも変化してきたし、これからもずっと変化し続ける。だがブランドが方向転換するときは、それを率直に伝えること、いつもオープンであることがトラベイグの哲学の核心だ。
(つづく)

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