デュワーズの進化論

September 26, 2012

ブレンデッドウイスキーの雄でありながら、近年はやや影に隠れた存在。そんなデュワーズが、静かな野心に燃えている。ブランドオーナー、イアン・ケネディーの世界戦略とは。

文:デイヴ・ブルーム

バカルディの英国支社は、ロンドンのメリルボーン駅の隣にある。世界最大のラムカンパニーにしては驚くほど質素だが、同社の所有するウイスキー「デュワーズ」にはむしろ似つかわしい。

ここに同社海外部門のシニアディレクター(つまりはデュワーズのボス)であるイアン・ケネディーがいる。オフィスに入ると、このブランドを世界的なブランドに育てた伝説のウイスキー男爵、トミー・デュワーの言葉が額入りで掲げられていた。
デュワーズは、ブレンデッドウイスキーの世界におけるジョージ・ハリスンである。年間340万ケースを売り上げているものの、その実力は多くの関係者に見過ごされてきた。そう切り出すと、ケネディーは残念そうに微笑んだ。
「輝かしい歴史の割には、ずっと静かにしていますからね」

なぜそんなに静かなのかと問えば、バカルディ傘下に移籍したことが理由のひとつだという。ユナイテッドディスティラリーズ(UD)がインターナショナル・ディスティラーズ・ヴィントナーズ(IDV)と合体してディアジオになったとき、デュワーズはバカルディに売却されたのだ。

「ジョニーウォーカーに次ぐ2番手だったのが、バカルディ傘下になったことで上を目指さなくなったのでしょう。そこそこの業績を上げていたので、それが惰性になり、長期に渡ってありきたりなレベルに落ち着いてしまいました」
ブランドオーナーの言葉としては、驚くほど正直な発言だ。「ありきたり」とは具体的にどういう意味かと問いなおすと、「まあ……」と言葉を探し、「そこそこのレベルということですかね」と顔をしかめた。
「可もなく不可もなく、ただいつもそこにある。がっかりするほどではないが、輝きもない。でも私自身は不満でした。トミー時代の栄光を取り戻すため、静かに再建を志してきたのです」

彼は「静か」という言葉をよく使う。きっと耐えることを学んできたのだろう。現職の前は、J&Bとジョニーウォーカーでそれぞれ上級職を務めた。それもブレンデッドウイスキー自体が、今日のように好調ではなかった時代のことだ。
「うまく稼働している機械の管理ほど、気の滅入る仕事もありません。なぜなら失敗したら大損失だし、効率を上げても伸び率はたかが知れている。デュワーズに来たのは、低迷しているブランドを飛躍させるエキサイティングな仕事がしたかったからです」
つまりケネディーは、ただの管理者になってしまうのが嫌だったのだ。
「デュワーズはうまく管理されていたが、もっと輝かせたい。幸いなことに私は現在も業務上の大問題をいくつか抱えており、その問題があるからこそ仕事を楽しめています。エンジニアである父の血を引いているのでしょう。ちゃんと動くか見てみよう、ダメなら分解して組み立てよう、という感じです」

 

強敵たちとのシェア合戦

しかしライバルたちは、もう先を行っている。2010年度、ジョニーウォーカーは100万ケース、シーバスリーガルは20万ケースを増産した。

「チャンスはあります。ニッチな展開ができる場所はあるだろうし、好調なブランドもいつかマンネリ化する。ありがたいことに、消費者は思い通りには決して動かないものです。そこに自由意思による選択がある限り、我々にもチャンスはあるのです」

消費者にとって大切なのは、選択肢の広さだとケネディーは言う。競争に勝ち抜こうとするあまり、窮屈な思いをするつもりはない。中国への参入は出遅れたが、徐々に追いつきつつある。ロシアでの売上も伸ばし、インドにも足がかりを築いている
しかしウイスキーの定義もなされていない新興市場で、いったいどのようにブランドを確立させるのだろうか。
「パッケージを変更したのも、ひとつの戦略でした。しかし同時に、味の違いも示さなければなりません。今やデュワーズは、ジョニーウォーカーやシーバスリーガルに代わる選択肢として有利な立場にいます」
この二大ブランドが持つ既存のイメージが、デュワーズにとって好機になるとケネディーは考えているのだ。

「ジョニーウォーカーは進歩。シーバスリーガルは騎士道。これらのイメージが、消費者の世界観から乖離してきています。説教くさい価値観を押し付けられているように感じる消費者もいるのではないでしょうか。だからデュワーズは、消費者が気後れしないで純粋にスコッチを楽しめるような物語を考えてきました
それはスコッチウイスキーが、人間らしい製品であるという物語だ。しかし一方で、新興国ではウイスキーが憧れの対象となっている。ブレンデッドウイスキーが売れるのは、人々が成功やステイタスの象徴としてウイスキーを求めるからではないのか。

「ええ。でもそれは消費者の個人的な成功であり、ブランドオーナーである私の成功ではありません。各人の成功を描いてみせる必要はないし、スコッチは開放的でなければならない。ヴィクトリア朝時代のスコットランドは、信じられないくらいにおおらかでしたからね」

人類の進化の法則

ケネディーはいったん言葉を切り、笑顔で椅子にもたれかかる。
「私の進化論の話はしましたっけ? 人間の進化を後押ししたのは蒸溜なんです。発酵した果物に夢中になる動物はいますので、動物と人間を分け隔てるものは、蒸溜する能力だと私は考えています」

確かに、蒸溜する猿は私も見たことはない。
「そして、さらに高いレベルに進化するためには、辛抱強く熟成を待つ能力が必要でした。ウイスキーづくりを完成させるのにうってつけの民族が、知的で辛抱強いスコットランド人だったというわけですよ
ケネディーは笑う。それはスコットランド人であることが、ウイスキーづくりにおいて得だという意味なのか?

「スコットランド人は辛抱強いので、ちょっと大胆になってもいいと神様がお許しになるのではないでしょうか。ウイスキーは古いルールに縛られすぎていると思うときがあります。スコッチの飲み方のうるさいルールを聞いた後では、本当に自分はこんな酒を飲まなくちゃいけないのかという疑問が湧いてきます」
ウイスキーを飲み始める人々を、全方位から取り込む必要がある。スコットランドの頑迷な保守主義を打ち破るのも、ケネディーの仕事なのだ

「若い頃、私がウイスキーに水を加えると、伯父は私をほとんど異教徒扱いにしました。そんな考え方が根強いため、ウイスキーは英国内でも主流から取り残されたのでしょう」
活路はあるのかと訊ねると、ケネディーは楽観的に答える。
「勝算があります。それは市場シェアをめぐるゲームです。これまではおとなしかった分、もっと積極的にやらなければなりません」
成果はもう出始めているという。少なくとも、2年前に比べてデュワーズは好調だ。
「私たちは本来の実力や信念を取り戻してきました。創業者のトミーも、ありきたりの出来では満足しないはず。かつてのデュワーズは野心に欠けていましたが、今は違います」

 

保守主義に別れを

しかしながら、控えめなケネディーには剛胆な改革者のイメージがない。新興市場でしのぎを削れるのかと訊ねると、しばし沈黙があった。
「私自身、トミーのようなショーマンではありません。いたっておとなしい人間です。それでも大局観があるし、やたらと粘り強いんですよ。筋金入りの理想主義者なので、諦めないし、負けません
ふいに私は、この会話がトミー・デュワーの亡霊に誘導されて進行しているような感覚にとらわれた。
「それはトミーではなく、私たちの製品を選んでくれる消費者の心でしょう。だから私はトミーのキャラクターを前面に押し出さず、彼を象徴するウイスキーの本質を引き出そうとしているのです。トミーの大きな口ひげは時代遅れですが、彼の信念には、現代でも通用する教訓があります」
ケネディーの背後の壁には、トミーの肖像画が架けられている。肩越しにトミーが「これは俺のブランドなんだぞ」と言っているような気がしてきた。

「実際に、よく振り返って質問しますよ。彼が始めたビジネスにおいて、我々が上げてきた成果を誇りに思ってもらいたい。変革してきたことに賛同してほしいと話しかけます」
トミー・デュワーは、本質的に改革者だった。しかし過去の栄光を守ろうとする保守主義が、デュワーズの復活を妨げていたのかもしれない。

「保守主義というよりも、用心深さですね。私たちには勝利のレシピがありましたが、変革することで、今よりもはるかに多くの勝利を手にすることができる。そこには消費者が変わる可能性に目を開いてこなかった、ブランドオーナーの責任もあります」
彼は一息ついて、静かに微笑む。

「保守主義とは対極の場所にいたい。ただ流れに身を任せているだけの人生に、どんな喜びがあるというのでしょう?」
しかしビッグブランドは、保守主義から本当の意味で自由になることができない。そしてデュワーズも、実際にはそのビッグブランドのひとつなのではないか。

いいえ、うちは小人です。ゴリアテと戦うダビデ。そこから話を進めなくては
ケネディーの持論である、あの進化論のことを思い返してみた。辛抱の周りをぐるぐると回る、地道な進化の法則のことを。彼の静かな語り口の背後には、鋼のように硬い信念がある。それでいて、決して傲慢になることがない。静かなブランドの静かな男は、いま本気で動き出そうとしている。

 

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