ブランドアンバサダーは辛いよ【前半/全2回】
ウイスキー愛飲家からすると、ウイスキー・アンバサダー(大使)は夢の職業に思える。しかしそれは期待通りのものなのだろうか?
Report:ドミニク・ロスクロウ
ニューヨーク、まだ宵の口、ディアジオのブランド・アンバサダーであるスパイク・マックルーンはクラシック・モルトについて学ぼうと待ち構え、部屋いっぱいのウイスキー愛好家たちとまさに向き合おうとしている。
スパイクの本業は俳優である。彼を有名にしたのは主にTVドラマへの出演だ。まあ正確には画面に映ったわけではない。番組中に使われている留守番電話の声だったり、エロティックなシーンでの男の喘ぎ声だったりという役どころである。
しかしいまや彼は世界最大の飲料メーカーのウイスキー・アンバサダーとしての役割を自分の天職として見出し、今宵のプレゼンテーションを楽しみにしているのである。
やがてドアが開くと、既に1、2杯聞こし召した男がふらつきながら、スパイクのキルトを認めると、彼にしなだれかかるように、挨拶もそこそこに抱きついてくる。
スパイクは男を部屋の隅の空いている席に誘導する。男は人をかき分け椅子に向かい、座るや否や眠り始める。やれやれ。スパイクはプレゼンテーションを続け、今宵最後のモルト、ラガヴーリンを手にするまで、完璧な進行を続ける。モルトのスモーキー・ベーコンのような性質を示そうと、スパイクは参加者にウイスキーで手のひらを擦ってみるように促す。
「スモーキー・ベーコンの香りがわかりますか?」と問いかけてみる。「ウイスキーには麦と、酵母と、水しか加えていないんですよ。どうしてこうなるんでしょうね?」このとき、隅にいた”奴”がむっくりと起きこう叫ぶ。「なんだこりゃ。死んだ豚をここに放り込んだ奴がいるぞ!」
ウイスキー・アンバサダーのややシュールな世界へようこそ。
伝え聞く限りではこの世で最高の職業だが、実際はそれほど単純ではない。世界を旅して、エキゾチックな場所に泊まり、素晴らしい人々とウイスキーへの愛を分かち合うのが一面なら、遅延とキャンセルが連続するフライト、預けた荷物の紛失、細切れの睡眠、こわれた機内オーディオ、そしていつ果てるとも分らない次のツアーが別の側面である。そしてイベントに現れる風変わりな奇人たち。
「つまりこういうことです。既に商品に対して十分すぎる程の知識をお持ちの方がいらっしゃることがあるのです」と語るのはロニー・コックス。グレンロセスのディレクターであり、かつアンバサダーを30年以上勤めている。「大抵そういう人たちは、他の人達が傾聴しようとしているときにジョークを飛ばしたがるので、うまく対処しなければなりません」
「あるいは、たいへんマニアックな質問をなさる方もいらっしゃいます。たとえばセミ・ラウター式のマッシュタンの中の羽根は1分間に何回転しているのか、といった」
どのアンバサダーに訊ねてみても、決して準備のしようのない悪夢の質問シナリオに出逢う事があると言う筈だ。あるスカンジナビアの愛好家は道具を洗う為の洗剤の正確な製法を聞きたがった。またひとりの人間から次々と難問を繰り出されるという経験をした者もいる(このときは、高度な質問を携帯でインターネットから引き出していたことが判明した)。
グレンモーレンジィのアナベル・マイクルは、南アフリカのラジオ出演中に立ち往生したことがあると話してくれた。
「南アフリカ向けに、用意できることなんてないですけどね」とアナベル。「狂気がかっていて、激しいんですよ。朝のラジオ番組に出演するときに2、3日滞在しただけですけど。誰かがスコットランドの古戦場を旅しているときにもっとも相応しいウイスキーは?と訊ねられたときは、不意打ちのようなものでした。そのときは何か力強いウイスキー、たとえばアードベッグなどを飲むことをご提案したのですが、スタジオ内で困惑の表情が広がるのが見てとれたのです」
グレンファークラスのジョージ・グラントは非常に興奮したベルギー人と向き合った経験を思い出した。その男はときどきは欠席しながらも、ずっとジョージを追いかけてきていたのだという。
「その男が言うには、10年に渡って年に1回グレンファークラスに通っていたそうなんです」とジョージ。「そして実は毎年塀を乗り越えて、仕込み水を持ち去って分析していたということが分りました」
「その男をそれほど興奮させたものは、10年にわたって仕込み水のPHの変動率が0.01% 以内だったということなのです。男はこのことにとても執着していて、これこそが真に重要なことだと考えているようでした。一体どう答えれば良いか分りませんでした」
さて、ここまではアンバサダーになら誰にでも起こりうるであろう、許容の出来る事柄だが、彼らの体験談はこんな物では終わらない。
夢のような職業の悪夢のような物語の続きは後半でお伝えしよう。