隔たった世界―ブラドノック【前半/全2回】
レイモンド・アームストロングは平均的なウイスキーディスティラーとは一線を画している。それは彼が建築家としてのバックグラウンドを持つアイルランド人だからである。スコットランドの西岸、ギャロウェイに彼を訪ねた
Report:ドミニク・ロスクロウ
これにはちゃんとした理由がある。彼はスコットランド人でもなければ、ウイスキーディスティラーでもないのである。
彼は愛想のよいアイルランド人で、良く動く口と人生に対する直接的で硬骨なアプローチが愛嬌でもあり、すこし恐ろしくもある人物なのだ。そして意図せず、多分に幸運に恵まれて、彼はスコッチ・ウイスキーの蒸溜所を所有し運営しているのである。
アームストロングは職人でありそして建築家であり、古い家系に生まれ、スコットランドの南西部に愛着を感じている。その組合せが彼をそれまでのキャリアから引き離し、アルコール作りという不確かな世界へと導いたのである。
ブラッドノックは、自分たちをスコッチ・ウイスキーの会社のひとつだとは思っていないようである。スコットランドの南西部、イングランドとの境界に近いウィグタウンの端に位置していて、スペイサイドやハイランドの蒸溜所たちとは隔てられた世界にあるのだ。
この地方は美しく、スコットランドの中でも最も素晴らしい地域であるにもかかわらず、最も賞賛されることの少ない地域でもある。湖と川、そして森の風景はスコットランドの他のどの場所よりも変化に富み、天気の良い日には、この地域の西岸から見えるアイルランドとの間に多くの共通点をみることができる。
ストランラー港が近くにあるため、北アイルランドへの旅はグラスゴーやエディンバラへ向かうよりも容易だ。コミューターを使った旅が増えるにつれ、ふたつの国を結ぶフェリーは現在はアームストロングが所有しているもののひとつである。彼はアイルランドの北の端に住み、多くの時間をブラッドノックで過ごしている。この地を人生を通して愛してきた彼にとって、これは理想的な生き方なのである。
様々な面から見て、彼の持つ”別世界”のセンスは蒸溜所にも及んでいる。つくられるウイスキーにも影響し、その味わいはスコットランドのどこのものとも似ていないのだ。違いはそれだけではないが、追々説明しよう。
洗練されたビジターセンターとショップを持ちながら、農園形式の外見の建物は、みなゆったりと流れる川に架かる橋の側に整然と建ち並んでいる。ブラッドノックの一部は水車小屋であり、一部は工芸センターになっている。蒸溜所は田園的な魅力の中に浸されているのである。
晩秋ではあるが、楽しげなにぎわいが溢れている。天候はここのところ遠回しに言うところの「変わりやすい」代物だったが、今日の陽射しは暖かく、ビジター達は思い思いに逍遙し、川に面した芝生に置かれたテーブルを囲んだりしている。
ウィグタウンのテーマはウイスキーになるのか。そのためにシーズンは延長されているのだが、もしそうでなかったとしても多くの人々がここを訪れていたことには違いないだろう。ここ以上に擦れておらず、のどかな場所はなかなか見つけられるものではない。
「擦れてはいないけど、効率がいいとは言えないですね。ビジネスをするのに最適な場所ってわけじゃない」
「ちょっと前のことだけど、職人を呼んだんですよ。彼は来ると言ったけど、姿を現さなかったのです。それで1週間後だったのかも知れないと思ったけど、電話をして必要な部品を買ってしまったかを確かめようとしたのです。もしまだ買っていなかったなら他の人に頼もうと思ってね」
「電話にはその人の奥さんが出て、その日、旦那は私の所に行くつもりだったのだけど、珍しくお天気があまりにも良いからゴルフに行く事にしたんだって言われたんです」
「仕事に対する姿勢が”変わっている”というだけではなくて、私の妻が電話で取引先にそう言ったとしたら、私だったら逆上してしまうでしょうけどね」
呑気な職人は、蒸溜所オーナー志願者が乗り越えなければならない数多くの障害のひとつに過ぎない。予定していたミーティングのために私が到着したときには、彼はどこにも見当たらなかった。やっと沢山の倉庫のひとつから彼が姿を現したとき、彼がやっていたのは、古い樽が破裂してしまった余波の後始末をしたり、「土壌協会」の熱心すぎる代理人(ブラドノックが英国でオーガニック・ウイスキーと名乗って良いかどうかを決定するために、6時間近くかけて蒸溜所の中を調べまくっていた)の相手をしたりということだった。
それにしても、どうしてアイルランド人の建築家がスコッチ・モルトウイスキーをつくる事になったのか? アームストロングの場合、それはほとんど偶然だった。
ブラドノックはかつてディアジオに所有されていて、その生産されたモルトの大部分がベルのブレンドに使われていた。しかし1993年になってディアジオは、蒸溜所は要求量を越えたものと判断し、「休眠」させることにしたのだ。
蒸溜所の休眠はいつでも悲しい出来事だが、英国のこんな美しい蒸溜所が関係しているときには、特に悲しいものである。そしてそれが多分ずっと続くであろうと考えられるときにはさらに。
「どの場所からも遠い場所にあることが、操業コストを押し上げる原因だ」と、ジム・マーレーがかつてコンプリート・ブック・オブ・ウイスキーに記している場所である。「これは公式には『休眠』だが、実際には再開のチャンスは巡って来ないだろう」とも。
休暇用の別荘をこの近くに持っていたアームストロングは、この古い蒸溜所小屋たちに惹かれてディアジオにアプローチした。これを買い取って、建物を別荘群として転用しようとしたのである。
→後半へつづく