麦汁のすべて
なぜある蒸溜所では澄んだ麦汁を使い、また他の蒸溜所では濁った麦汁を使うのか。それがもたらす重要な違いは何か
Report : イアン・ウィスニュースキー
よく言われることは、濁った麦汁はよりリッチなニューメイク・スピリッツの産出を促進するというものである。これに比べて澄んだ麦汁は軽くてフルーティなスピリッツを得ることができる。
よって麦汁(すなわち糖化槽から取り出される甘い液体)の性質が、決定的な要素であることが示唆されている。これは便利な指標だが、一方単純すぎる見方でもある。実際、麦汁の性質が及ぼすのは微妙な影響に過ぎない。ニューメイク・スピリッツの性格を決めるいくつかの要因のうちのひとつにすぎないのだ。その他の要因としては、スティル(蒸溜器)の大きさと形、コンデンサのタイプ、そしてスピリッツ・カット(どの部分を取り出すか)などが挙げられる。例えば、スリムで背の高いスティルは、丸っこくて背の低いスティルに比べてより軽くフルーティなニューメイク・スピリッツの産生を促進する。
同様に、近代的なシェルとチューブのコンデンサーは、伝統的なワームタイプのものよりも軽やかなスピリッツの産生を促す。一方、スピリッツ・カットの操作によっても、リッチでヘビーな特性を避けて、軽くフルーティなものを選択することが可能である。したがって、これらの要因は麦汁の影響度を抑制したり打ち消してしまったりすることが可能だとも言える。このことから麦汁の性質自身がニューメイク・スピリッツの性質を保証することはできないことがわかる。
ここで私たちの疑問はそもそも何が麦汁を澄ませたり濁らせたりしているのか(すなわち液中に浮かぶ微粒子の細かさのレベルを決めているものは何か)に向かうことになる。そして結局この疑問は、各蒸溜所における粉砕工程へと私たちの目を向けさせることになる。
麦芽の粉砕(すなわちローラーを通して挽くこと)は異なる3種類の粉砕麦芽を造り出す。すなわち、殻、挽き割り(もしくは「ミドル」、粗挽き)、そして粉(もしくは「ファイン」、より細かい粒子)である。
典型的な粉砕工程のレシピは 20%の殻、70%の挽き割り、そして10%の粉である。この比率が糖化(マッシング:お湯を加えることによって澱粉が糖へと変化する)の過程において最大量の糖を抽出するために最適なのである。ここで麦汁を濁らせる主要因となっているのが、粉の比率なのである。
しかしながら、粉の比率が高くなれば自動的に濁りが強くなるというわけでもない。なぜなら、糖化槽(マッシュタン)の操作方法もまた、麦汁が澄むのかあるいは濁るのかに影響を与えるからである。
まず最初の考慮点は、糖化中に糖化槽の中で回転する「アーム」を使った撹拌の頻度である。粉砕麦芽の堆積層を通して抽出される液量を増やすためには、ある程度の量の撹拌作業は避けられない。各蒸溜所毎の厳密な生産計画の下で、一定時間内における最適な糖の抽出を確かなものにするのはこの作業だ。
一方、蒸溜所に配送されてきた麦芽は加工しやすさに違いがあり、中にはより多くの撹拌を要するものもある。すなわち、ディスティラリー・マネージャーは入荷された麦芽が、それぞれ、どのくらいの撹拌を必要とするかを見積もらなければならないのである。最も遅い速度で最小限の撹拌を行えば麦汁は澄み、より多くの撹拌を行えば多くの粒子が液中に浮遊し、より濁りがちになるのである。
もうひとつの要因は糖化工程中の排液速度である。この速度は糖化槽の底の板に、麦汁の排液のために開けられた穴の大きさに依存する。
そして麦汁が糖化槽から排出され、発酵槽(ウォッシュバック)に送り込まれると、酵母が加えられて発酵が始まるのだ。この段階が澄んだ液と濁った液の違いが興味深い違いを見せる別のステージなのである。それぞれのタイプの麦汁は発酵中に異なる振る舞いを示すのである。
もし濁った麦汁を使った場合には酵母菌がより多くの(特定的ではあるが)栄養素を取り込むことができる。このため傾向としてやや速い発酵が行われることになる。もしこの過程を制御せずにおくと、おそらく高すぎる温度に早すぎる段階で到達してしまい、(全ての糖が消費される前に)酵母菌が枯渇してしまうだろう。
「そうしたわけで、麦汁の投入温度と速度を下げることで(結果として加えられる酵母の量を減らすことによって)この過程を制御することができるのです」こう語るのはシーバス・ブロス社の技術・科学ディレクターのデニス・ワトソンである。
使用される麦汁のタイプは、発酵中に発生する泡の量も決定する。このときスイッチャーブレードの役割が浮き彫りになる。
プロペラに似たこのブレードは、発酵槽の上部で回転し、泡を切りながら抑える役割を果たす。
もろみ(すなわち発酵した麦汁)の中の細粒子のレベルは、さらに別の課題を生じさせる。個体として生じる塊や、初留釜の中のヒーターへの焼き付きなどのリスクとなるのである。
実際ありがちと思われるだろうが、結果は重大なものとなり得る。
酵母菌が熱いスティルや加熱された表面に焼き付いたときには、酵母臭やキャラメルにも似た香りを生じさせる可能性があるが、焼き付いた穀物の残渣はまた別の香り……穀物臭くかつ(または)苦みを想起させるものを生じさせる可能性がある。
「明らかに、この焼き付きは加熱面での効率性にも影響します。そして蒸溜効率にも影響し、極端な場合にはスピリッツの品質の一貫性にまで影響を与えかねないのです」
「これは初留釜にのみ当てはまる懸念です。固体は蒸溜されませんからね。こうした理由で初留釜はより頻繁に清掃をしなければならないのですよ」こう話すのはエドリントン・グループのテクニカル・サポート・マネージャーのビル・クライリー博士である。
蒸溜所が澄んだ麦汁を使うのか濁らせるのかは伝統に根ざしているものである。それぞれの蒸溜所で、もしその蒸溜所の基準が澄んだ麦汁なら、濁った麦汁を使いたいと思うマネージャーはいない。その逆もまた然りである。どのような影響がニューメイク・スピリッツにもたらされそうであっても、伝統のテイストを守る要素の一つなのだから。
そんな事が意図せず起こってしまったのなら、それは何かがうまく行っていないサインであり、対処しなければならない問題なのである。
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