テネシーウイスキーの歴史【第1回/全3回】
文:クリス・ミドルトン
1830年代以来、ロバートソン郡とリンカーン郡は、 アメリカ合衆国におけるウイスキーの2大産地だった。どちらもテネシー州の中央部にあり、ウイスキーをつくる周囲の郡も含んだ総称として通用していた。ウイスキー産地としてのロバートソン郡は、隣接するデービッドソン郡、チーザム郡、モンゴメリー郡も含んだ地域を指す。
一方、ウイスキー産地としてのリンカーン郡は、ベッドフォード郡、コーフィ郡、フランクリン郡もあわせた地域。ちなみに1872年にできたムーア郡は、以上の4つの郡を統合した郡だった。
テネシー州は最初期からサワーマッシュ製法を採用していたウイスキー産地であり、スピリッツの風味を整えるためにチャコールメローイングを実践していたのが大きな特徴である。長年のライバルであるケンタッキーでは、大半の蒸溜所がスウィートマッシュ製法でウイスキーをつくり続けている。こちらはバッチごとに新しいマッシュを作り、新しい酵母を加えて発酵させる製法だ。
サワーマッシュもスウィートマッシュも、共にリーズナブルなコストで良質なウイスキーがつくれる製法であることは間違いない。ケンタッキーとテネシーはウイスキーの品質を競っていたため、ケンタッキー州ではしばしばテネシー州産のウイスキーに40%もの関税をかけていた。もっとも関税の対象となったのはテネシーウイスキーだけでなく、他の中西部の州や東海岸の州で生産されたウイスキーも同様である。
そんな訳でケンタッキー州では割高だったテネシーウイスキーだが、両者の違いは値段だけではない。テネシーでは長らくウイスキーの綴りを「WHISKY」とし、「WHISKEY」と綴るケンタッキーバーボンと一線を画していた時期もあった。
アメリカの穀倉地帯
1770年代にアメリカ中西部の領土がヨーロッパ系の移民に開放されると、テネシー州もケンタッキー州も似たような開拓の歴史をたどった。テネシー州中央部のウイスキー産地は、1805年に締結された3度目のテリコ条約によって、チェロキー族とチカソー族が土地を割譲したことで合衆国領土となった地域である。
当時の合衆国では、北部の州ですでに本格的なウイスキーづくりがおこなわれていた。1783年にはエバン・ウィリアムズがケンタッキー州ルイビルでウイスキーづくりに着手したという記録が残っている。
テネシー州で最初にウイスキーをつくった人物は、デービッドソン郡にナッシュビル蒸溜所を設立したジョン・キングだ。1799年までに、デービッドソン郡では酒造免許を取得した蒸溜器は61基に増加。郡内の人口に換算すると、住民65人あたり1基という数である。なかには比較的大型の蒸溜所もあり、蒸溜所フレデリック・スタンプが運営した時代のナッシュビル蒸溜所では、ポットスチル4基で年間600ガロン(約2300L)のウイスキーを生産していた。
テネシー州はなだらかな丘に肥沃な大地が広がり、豊かな水量の谷川にも恵まれた土地柄だ。アメリカンホワイトークやサトウカエデが茂る原生林もあり、コーンの栽培にも適している。ケンタッキー州ルイビルと同様に、首都ナッシュビルはテネシーウイスキーの一大産地となり、周辺の州に食品やウイスキーを供給する物流の中心地になった。
1812年より、テネシーの蒸溜所はウイスキーづくりに独自の工夫を凝らすようになる。発酵工程でサワーマッシュ製法を採用し、スピリッツの風味を整えるチャコールメローイング(木炭濾過)を実践し始めたのはこの頃だ。
リンカーン郡における新製法のパイオニアは、サウスカロライナ州から移住してきたウィリアム・ピアソン。彼の一族が、木炭を使ったさまざまな技術を伝えたのである。バージニア州や大西洋岸の州からも、同様のチャコールメローイングやサワーマッシュ製法を使用するウイスキーづくりのレシピが持ち込まれた。
1840年代までに、これら地元産のウイスキーは素晴らしい評判を集め始める。当時はちょうどテネシー州の農業が台頭してきた時代でもあり、合衆国で最大の穀物生産を誇っていた。テネシー州では1840年に44,986,188ブッシェルのコーン、4,569,692ブッシェルの小麦、7,035,678ブッシェルのオーツ麦、304,320ブッシェルのライ麦を収穫していたという記録が残っている。お酒の世界では、実に1,426軒もの蒸溜所が1,109,107ガロンのウイスキーとブランデー(原料はモモとリンゴ)を生産していた。
(つづく)
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カテゴリ: 風味