記憶の蓄積から、創造への手がかりを引き出すブレンダーたち。綿密に組み上げた香味は、開封したボトルから世界へと放たれる。

文:マーク・ジェニングス
写真:Marcus Lynam

ウイスキーの香味調整には、2回の劇的な瞬間がある。そのひとつは、ブレンダーの技によって香味要素が一体となる瞬間。もうひとつは、その統合された香味 が見知らぬ誰かに届き、その人の感性にあらためて語りかける瞬間だ。

ここで紹介している3人のブレンダーは、全員が印象的な香味要素を集めることに人生の時間を費やしてきたと語っている。

ステファニー・マクラウドは、ハーブなど草花の香りを嗅ぎ分け、デリカテッセンや市場に漂う美味しそうな匂いを探しながらその印象を意識のアーカイブにストックしている。湿った土の匂いはアラン島で散歩した幼少期の記憶へと連れ戻し、コーラキューブはパイナップルの香りを想起させる。新しい料理との出会いは、ブレンダーに新たな表現手段のヒントを授けてくれるのだという。

アンジェラ・ドラツィオは、スウェーデン北部の湿原で食べた完熟のクラウドベリーを思い出す。蝶を引き寄せる甘い花の香りに触発され、後にクラウドベリー、ラズベリー、チェリーなどの香りをウイスキーで表現できるようになったのだという。記憶のなかの香味要素は、新しいアイデアを引き出せる「作業用ライブラリ」の一部である。

ローラ・ヘミーは、創造性を現実的な営みとして捉えている。夢の中に出てきて暗示を与えたり、シャワーを浴びている最中に突然ひらめいたりといったロマンチックなものではない。創造性は自分で育むことができるし、ある程度は体系化することもできる。

ヘミーの考える香味要素へのアプローチは、「できるかぎり多くの異なる人生経験や好奇心によって体験を積み重ね、しばらく経った後でその体験を思い起こし、独創的かつ新しい秩序で再構成できるような形で保存しておくこと」なのである。

ヘミーはこの一連の流れを「収集家の本能」と呼んでいる。レコード、美術作品、建築、旅行、科学、そして風味の研究がアーカイブに蓄積され、後でリミックスされるのだ。ヘミーにとって、アートと科学は対立する概念ではない。どちらも、まだ完全には見えていない存在をたぐりよせるための自信につながっている。

このようなブレンダーの知的作業は、たった一人で成し遂げられるものでもない。ステファニー・マクラウドは、身近な仲間たちの「鼻」に頼っている。アンジェラ・ドラツィオは、コンパス・ボックスでのブレンディングが甘味、テクスチャー、スモーク感に関する絶え間ないフィードバックの成果だと語る。メンターの存在は重要だが、失敗する自由も等しく重要になる。味覚は個人的な体験から出発するが、ウイスキーづくりの本質は対話だ。

果てしない好奇心がブレンダーの条件

今回のインタビューでわかったことがある。今をときめく3人のブレンダーに最も明確な共通点は、感受性、技術的知識、想像力でさえなかった。ブレンダーに必須の資質とは、限りない好奇心である。

ステファニー・マクラウドが、その好奇心について語る。

「卓越したクリエイターは、物事への関心と情熱を持ち続け、あるブレンドが他のブレンドより優れている理由について問い続けなければなりません。ウイスキーのすべてを知っていると主張する人たちもしますが、私は信用できません。なぜなら、完全に予想外の個性を持った樽がいつも現れるからです」

アンジェラ・ドラツィオの好奇心は、さらに直観的だ。

アイリッシュの新鋭ロー&コー蒸溜所で重責を務めるローラ・ヘミー。芸術や官能の分野で経歴を積んでからブレンダーになったユニークなキャリアでも知られている。メイン写真もローラ・ヘミー。

Photos by Marcus Lynam

「さまざまな経験を通じて、自分が何を望んでいないのかをよく理解できるようになりました。でもまだすべてをマスターしてしまった訳ではないことを願っています。そうなってしまうのは退屈ですから」

ローラ・ヘミーの好奇心は、広範かつ構築的な印象だ。

「私は自己紹介でディスティラー(スピリッツ蒸溜の専門家)と名乗ります。でもその概念は、ウイスキーづくりよりも少し広い意味になります。スピリッツの蒸溜づくりは、人々や場所や文化の個性を吸収するための視点を与えてくれます。そして自分の目以外の視点でも世界を見てみようと思える理由を与えてくれました」

蒸溜所を訪れた人々の多くは、蒸溜所のスペックの話をしながら帰路につく。蒸溜器、貯蔵庫、樽などの話題で盛り上がるのだ。だが本当は、蒸溜所の個性を支えている人物たちの話で盛り上がるべきなのかもしれない。

なぜなら、ウイスキーの風味は偶然生まれたものではないからだ。

パイナップル、ジャスミン、蜜蝋などの風味がウイスキーに備わっているのは、特に驚くべきことでもない。樽の選定や製造工程がおこなわれる前に、誰かがあらかじめこのような風味を想像していたということこそが驚異的なのである。