ウイスキーを助ける乳酸菌
乳酸菌とは何か、そして製造過程におけるその影響はどのようなものなのかを探求する
Report : イアン・ウィスニュースキー
ウイスキーづくりであまり知られていない事実は、どの蒸溜所も異なるタイプの細菌の一群を保有しているということである。なかでも乳酸菌は製造過程に影響を及ぼす主要グループである。この影響は乳酸菌が発酵中に乳酸を産生する際に生じる。同時にニュー・スピリッツの中でエステル(フルーティな香り)の産生を促進する酢酸も産生される。
はじめに、蒸溜所の中における細菌の数と種類を決める要因は何だろうか。ある蒸溜所の常在細菌の数を決定する要因はたくさんあるが、その要因には蒸溜所の発酵槽の中の環境(木製かステンレス製か)や、清潔度や清掃体制や糖化槽なども発酵時間と共に含まれている。一方、発芽大麦(モルト)こそすべての原点である。
「発芽大麦が蒸溜所に届けられたとき、その表面には様々な微生物が付着しています。その中には様々な種の乳酸菌や野生酵母が含まれます」
「細菌の由来は様々な要因に影響されます。例えば収穫時の条件などに」こう語るのはシーバス社の技術ならびに科学責任者のデニス・ワトソンである。
次のステップの製粉は細菌には影響しないが、そのあとの糖化はもちろん大きく影響する。糖化過程では、グリスト(製粉された大麦)とそれに付着した細菌に、3(あるいは4)回に分けて段階的により熱くなる水を、摂氏85〜90度を最高温度として加えていく。
「一部の乳酸菌は他のものより高熱に耐えることができます。また一部は糖化過程の熱で殺菌されます。もし糖化槽(マッシュタン)の最初の水が63度程度のときには、多くの乳酸菌は生き延びることができます。一方、不活性化されたり殺菌されたりするものも出てきます。2回目の加水はより多くの細菌を殺し、3回目の加水はもちろんもっと多くの細菌を殺すことになります。しかし麦汁が冷え始めると、生き残った細菌は増殖を始めるのです」とウィリアム・グラント&サンズの技術マネージャー、ジョン・ロスは言う。
糖化槽の清掃体制は細菌の数に影響するもうひとつの大きな要因である。
「もし糖化槽が頻繁に清掃されていないならば、糖化槽の壁や二重底の下などにいる乳酸菌を含め、多くの細菌が存在することになります。同様に、麦汁を発酵槽に導くパイプが頻繁に清掃されていないと、麦芽由来のものに加えて乳酸菌や酵母菌を含んだ微生物が見つかることになります」とデニス・ワトソン。
言うまでもなく、清掃体制は発酵槽のバクテリア数も決定する。木製のものはステンレス製のものに比べてより清掃が困難である。この理由のひとつは、ステンレスは表面が滑らかなのに対して、木製の発酵槽はそのすき間が細菌の避難場所を提供するからである。
しかし、厳密な洗浄体制を整えても、いくらかの細菌は麦汁の中に存在し、発酵に向けて酵母が投入されると細菌と酵母は糖質と栄養をめぐって競争を始める。酵母はこの第1ラウンドを制し、その後指数増加(主要成長)フェイズに入る。やがて麦汁の状態が徐々に酵母のためには不利になり、非成長(少しだけか、全く成長しない)フェイズに移行し、やがて終息する。これは栄養が不足するためである。このため酵母は増殖を停止することになる。さらに、酵母は高まるアルコールの濃度に耐えきれなくなってくるのだ。麦汁の温度の上昇については言うまでもない。
その結果、酵母細胞が死に始め自己溶解(細胞壁の崩壊)が進むと、酵母細胞から様々な栄養素は麦汁の中に放出されることになる。これは細菌にとって栄養が供給される重要な転換点ということになる。麦汁は多くの種類の細菌を抱えており、そのとき条件にもっとも適した種が成長を開始する。一方、他の系統は非活性のままである。乳酸菌はこの過程で成長する重要な種で、同時に乳酸と酢酸の産生が行われる。
どの乳酸菌がどの程度増殖するかは、そして麦汁がどのくらい酸性なるのかは、酵母が自己溶解を始めてからどのくらいの長さ発酵が許されるかに依存している。
ロスは説明する「アルコール発酵が終了すると、乳酸菌の活動が開始します。50時間かそこらの短い発酵では細菌の数が最高レベルへと達することはないので、酸度は低くなります。より長い発酵では、多くの細菌が増殖してより多くの酸が産生されることになります」
「異なるタイプの乳酸菌が発酵中に増殖します。特に酵母の自己溶解の後に」とワトソンが付け加える。「まず初めに、ヘテロ乳酸発酵が進行し、乳酸と酢酸が産生されます。長い発酵では次にいわゆるホモ乳酸発酵が進み、乳酸だけが産生されます」
では、もろみ(発酵前の麦汁)の中での乳酸と酢酸の存在はどのような役割を果たしているのだろうか? 自分自身の香りを産生する代わりに、乳酸と酢酸は高レベルのエステル(フルーティな香り)を生み出す反応を促進するという重要な役割を果たす。
ワトソンが付け加える。「酢酸の増加は、スピリッツのフルーティさを増す反応につながることになります。加えて、いくつかの細菌は酵母が産生した化合物に働きかけて、揮発性のフェノール化合物へと変化させます。ピートを使わないモルトでもこの効果は見られるのですが、ピーテッド・モルトに比べるとその影響は僅かですね」
生産工程のすべての詳細段階において、乳酸菌の影響がどの程度望ましく、もろみがどれくらい酸性であるべきかは、蒸溜所が生み出したいと考えているニューメイク・スピリッツの性質に依存する。しかし少なくとも、乳酸菌からの影響を強めるか、弱めるべきかのオプションが常にそこにはあるのだ。
これは、発酵にかけられる時間に対する問いかけである。