キャンベルタウンの大出世物語
スプリングバンク蒸溜所は過去60年間で初めて、地元出身者をマネージャーに迎えた
Report:ガヴィン・D・スミス
ウイスキーにも流行り廃りがある。アメリカのライ・ウイスキーがいい例だ。アメリカン・ウイスキーの主流だった時代の後は70年以上も無視され続け、最近になってやっと復活しつつある。また多くの輸入品市場でも、ヘビーピートのスコッチにしか関心が集まっていないように見えることが時々ある。
大まかに言って、アーガイルシャーの僻地、キンタイア半島に位置する漁港でかつては蒸溜の「中心地」だったキャンベルタウンのウイスキーは、ふたつの世界大戦の間に完全に廃れた。30以上あったキャンベルタウンの蒸溜所が次々に嗜好の変化と商業的な圧力の犠牲になり、品質と評判を落としたためだ。
しかし幸いなことに、その中でも1ヵ所だけはかろうじて流行を無視し、生き延びたばかりか崇拝の対象とも言える地位を獲得した。その蒸溜所とは、言うまでもなくスプリングバンクであり、現在はここ60年で初めて地元出身者が管理している。
伝統的なロングロウもつくるこの蒸溜所で、前任者スチュアート・ロバートソンから2010年8月にマネージャーの地位を引き継いだのは、38歳のガヴィン・マクラクランだ。「大変な名誉で、誇りに思うよ」とマクラクランは断言する。「まさかこんなことになるとは思いもしなかった。スプリングバンクのようなブランドで仕事ができるなんて大したことだ。いまだに時々、自分の頬をつねっているくらいなんだ! それに私はキャンベルタウンの出身だからなおさら嬉しい。地元の蒸溜所だからね、達成感はさらに大きいよ!」
意外にも、マクラクランが蒸溜の仕事に携わったのはつい2002年のことだった。学校を出てから10年間、今では閉鎖された地元の工場で働いた。それから6ヵ月間をオーストラリアで過ごした後、キャンベルタウンで2年ほどタクシーを運転していた。
「そして2002年にスプリングバンク蒸溜所のボトリング・ホールで働き始めた」とマクラクランは思い起こす。「その頃は単なる仕事だったんだが、そうでなくなったのはウイスキー業界に入りたいと思うようになったとき。ボトリング・ホールに7ヵ月いた後、モルティングとマッシュマンを担当した。スプリングバンク蒸溜所の生産担当はモルティングを3ヵ月、蒸溜を3ヵ月やって、またモルティングに戻る。だから普通は毎年6ヵ月間蒸溜していることになるね」
2006年にアシスタント・マネージャーの席が空き、ガヴィン・マクラクランはダメでもともとと思って応募した。「応募者は35〜40人くらいいた」と彼は言う。「だから私に決まったときは本当に驚いたよ。でも1日も休まなかったし、ひたすら熱心に働いたからね。スチュアート・ロバートソンから多くのことを学んだ。それから、もちろん生産部長のフランク・マッカーディーからも。彼は40年以上もウイスキー業界にいるから、お金では買えない貴重な経験を積んでいる」
マクラクランの職責は毎日のマネージメントに加えて、スプリングバンク、ヘビーピートのロングロウ、そして3回蒸溜でノンピートのヘーゼルバーンの生産があり、ウイスキーづくりはさらに近隣のミッチェルズ・グレンガイル蒸溜所にも及ぶ。スプリングバンク蒸溜所と同じくグレンガイル蒸溜所もJ&Aミッチェル社が所有し、半ば廃棄された状態から改修して2004年にウイスキーの生産を再開した。
「スプリングバンクはとても伝統的な蒸溜所だ」とマクラクランは言う。「大麦の撹拌を含めてモルティングは手作業。蒸溜室にコンピュータの画面はない。比重計を見てミドルカットのタイミングを決めるなど、作業員ひとりひとりの技術と経験にかかっている」
「雇用の面や、素晴らしいウイスキーを受け継いでいる蒸溜所という強いイメージを維持する面でも、キャンベルタウンにとってウイスキービジネスは不可欠だ」と彼は主張する。
「蒸溜所で働き始めたころ、訪問者がとても多いことに驚いた。毎年増え続けて、今では4、5千人に達している」
「訪問者のほとんどが蒸溜所のショップで買い物をするから、ここの利益になるのは当然だが、キャンベルタウンがかなり僻地なために少なくとも一晩は泊まる人が多く、ホテルやレストランなどいろいろなところが恩恵に浴している。蒸溜所を訪れた人たちは、フロアモルティングから蒸溜所内のボトリングラインまで、私たちのウイスキーづくりが他の多くのやり方とは違うことを知って帰っていく。訪問の思い出とブランドの名前を忘れないでいてくれるよ」
スプリングバンク蒸溜所はモルティング用の大麦と燃料のコスト高騰により2008年7月に一時的に生産を中止したが、2009年の8月に再開した。マクラクランの話では「現在はモルティングの途中で、11月に10個ある専用容器すべてがいっぱいになったら、3ヵ月間蒸溜する予定だ。つくっているモルトを蒸溜すると、およそ11万5,000リットルになるだろう」
「グレンガイル蒸溜所ではスプリングバンク蒸溜所と同じ製法の大麦麦芽を使っていて、2011年の1月と2月に蒸溜後、ホグズヘッドおよそ150樽に充填することになっている。グレンガイル蒸溜所ではシングルモルトのキルケランをつくっているが、熟成具合にはとても満足している。この製品の主なリリースはおそらく12年モノで2016年になるだろうが、それまで毎年「ワーク・イン・プログレス(進行中)」としてキルケランの限定ボトリングをリリースしていくつもりだ」
一方、スプリングバンク「ファミリー」にも、ヘーゼルバーンCVが加わった。ビンテージ表記のない商品だが、同じく表記のないロングロウCVとスプリングバンクCVの成功を受けてのリリースとなった。さらに9年モノのヘーゼルバーン ソーテルヌ・ウッドもリリースされた。
「私はキャンベルタウンで生まれ育ち、ここでとても幸せに暮らしている。自分の家族もできたし、子供を育てるにもいいところだ。スプリングバンク蒸溜所での8年間は瞬く間に過ぎて、これ以上の野心もない。毎日仕事に出ることが楽しいんだ。実にいろいろな事があるからね。工場で働いていたころは、狭い飼育カゴに入れられた鶏みたいだったよ!」蒸溜所の新マネージャーは嬉しそうに語ってくれた。