スタンダードを見直そう
グレンフィディック、グレンリベット、グレンモーレンジィは世界で最も売れている3つのモルトである。しかし、あまりにもありふれているが故に、軽んじられてはいないだろうか? その価値を再認識する
Report:ドミニク・ロスクロウ
さて最後にあなたがグレンモーレンジィや、12年モノのグレンリベット、グレンフィディックを飲んだのはいつだったろうか? ただ飲んだというのではなく、味わいそして思いを馳せたのは?
おそらくは、他の何千ものモルト愛好家と同様に、あなたにとって、ウイスキーの世界への扉は偉大な3つのグレンのいずれかだったのではないだろうか。
3つの内のひとつ、もしくはそれ以上のモルトと生涯にわたる友好関係を保つ者もいるかもしれない。だが多くの方にとって、このウイスキー達は新しい発見の入口にしか過ぎず、完璧なモルトを求める道の途上で忘れ去られてしまうかもしれない対象なのである。これらは玄人達からしばしば「入門用モルト」として扱われることがある。
しかし、それは公平な評価だろうか? これら3種のモルトはみな、理由があって成功しているのである。ウイスキーの世界に足を踏み入れてから数年が経過したとしたときに、果たしてそれらは本当に軽くあしらわれ、玄人によって考慮されるべきものではないと扱われるべきものなのだろうか?
2、3ヵ月ほど前、私の娘が誰かがベットに腰掛けていてくれないと眠れないという時期を過ごしたことがあった。毎晩ウイスキーを用意し(お察しの通り、口実である)、暗闇に20分程座り、ちびちびやりながら考え事をする、ということを繰り返していた。
私がその時たまたま選んだのが新しいグレンモーレンジィだった。そして暗闇の中で何にも邪魔されず味わううちに、その味が大好きになっていた。お陰で娘の為の就寝イベントは日々の喜びとなっていった。
ひとつの考えが頭に浮かんだ。私はグレンフィディックを試し、最後にはグレンリベットを試してみた。それはまるでパートナーを数年ぶりに見つめてもう一度恋に落ちるようなものだった。そもそもなぜ3つのウイスキーに惹き付けられたのかを思い出し、そして押し寄せる暖かさと不思議さに、慣れきってしまった年月のあとに気が付く。
これらの意味するところは、もしあなたがグレンモーレンジィ、グレンリベットそして、またはグレンフィディックを何年ものあいだ忘れてしまっていたのなら、今がもう一度試してみる良い機会だということである。楽しみを自ら放棄していたのだ。
「もし、モルトの飲み手が、これら3種のいずれかに対して尻込みしたり、他の色々なモルトに比べて重要ではないと考えているのなら、正直に言わせてもらえれば楽しみを知らないということですね」こう語るのはグレンモーレンジィの蒸溜ならびにウイスキー製造の責任者のビル・ラムズデンである。「3種は、きちんとした理由があって最大の売り上げを誇る”グレン”なのです。要するに3種類全てが本当に素晴らしいからなのですよ」
「人々が、他のものを求めて去ってしまう事は理解はできます。何か違うものを求めるのが人間というものなのですから」
「殊にモルトウイスキーを好きな人というのは、皆と同じラベルの服を着ることも好みませんし、自分自身で何か違うものを見つけたいのです」
「しかし、モルト好きの間には、ここでお話ししている3種のウイスキーがスコッチ・ウイスキーの最良の部分を表しているのだという強い意見も存在しています」
グレンフィディックのグローバル・ブランドアンバサダーであるイアン・ミラーは同意する。彼に期待される役割は、新しい酒の飲み手をスコッチ・モルトへ連れて来るだけではなく、グレンフィディックから去った既存の飲み手たちの目をもう一度向けるように説得するというものである。
「これらのブランドはみな完璧なスタートポイントなのです。なぜならこれらは皆、完全なスコッチ・モルト・スタイルを代表する完璧な例だからですね」
「これらはフルーティなスペイサイド・スタイルの完璧な例です。グレンモーレンジィはスペイサイドではありませんが、同様のフルーティな味を持っているのです。しかし、どれもみなとても素晴らしいウイスキーでもあるのです。他に見つかるものと比べてもひけをとりません。たぶん人々が他のものに目を向けて行くうちに忘れられてしまったのでしょうね」
他の理由もある。ウイスキー業界では伝統的にウイスキーの変化についてあまり議論したがらない風潮があったが、ここ数年のうちにそうした話題をオープンに語り合おうという気運が生まれつつあるのだ。
「モルトが変化していることを、人々は理解していると思います」こう話すのはシーバス・リーガル向けのモルト・ディレクターであり、グレンリベットのオーナー、ニール・マクドナルドである。「明らかな傾向として、業界はより良い樽に多くを投資し、高品質の成分を利用しようとしています。そしてモルトウイスキーの製造も変化しています。私たちは、より多くを学び、よりよい熟成を行うことができるようになっています。こうなるとウイスキーは必然的に時とともに変化します。良い方向へ導かれていくのです」
こうした意味から、実際には3つのうちいずれかのグレンを再確認するのは、ある程度長い期間をおいてからということになりそうである。あなたの記憶にあるものよりも美味しく感じる気がするだけではなく、実際に美味しくなっているのである。
それほどは驚かないかもしれないが3つのウイスキー全てにおいて、特にグレンフィディックにおいて、顕著に良くなっているのである。
「もし皆さんが12年に慣れ親しみすぎて、長い間モルトとして真剣に扱っていらっしゃらなかったのなら、戻ってこられたときのリアクションは『うわぁ』でしょう。それだけ良くなっているのです」と、イアン・ミラー。
「皆さんはときどき、成功には理由があったことを忘れてしまいます。そして新しいブランドの誕生や他のウイスキーが押し寄せても、そのままトップにとどまっているのです。それは単に飲んだときにがっかりしないから、という理由だけではありません。フレーバー豊かで、業界の変化にも追随し、それまでよりも、より良いものになっているからなのです」
「慣れ」が軽んじる態度を生み出すという意見には一理あるが、グレンフィディックなどに対して私たちが多くの感謝を抱く気持ちを思い起こすことを邪魔するほどではない。なぜならオーナーのウィリアム・グラント達がモルトウイスキーの世界の扉を開いてくれたのだから。
グレンモーレンジィのビル・ラムズデンも同じ見方をしている。
「疑うまでもなく、ブランドというものはそれを買い求める人々の心の中で疲弊し得るものです。そして過剰露出に苦しむのです」と、ラムズデン。「ところで私はグレンフィディックのデービッド・ステュアートを良く知っていて、彼らも我々と似たような樽を使った実験を行っています。私の見るところウイスキーを改善した効果は顕著で重要なもののようですね」
過剰露出への言及は、婉曲に述べてはいるが、破壊的で無益なスーパーマーケットのディスカウントのことだ。ディスカウントは計り知れないダメージを多くのブランドに与えてきた。グレンフィディックも例外ではない。
「スーパーマーケットはウイスキーを一緒くたに扱うか、ひとつのブランド、例えばグレンフィディック12年を扱うが、何の敬意も見ることができません。なぜならモルトの価値を低く見て、消費者にドアをくぐらせるための道具くらいにしか考えていないからです。こうした理由から12年には触らず、15年または18年に移る人がいるのです」
シーバスブラザーズのニール・マクドナルドも同じ問題に触れた。しかしながら、これら3つのグレン・ブランドは特別な製品によって自らを保っていると語った。
グレンリベットのフレンチ・オーク、リザーブ、ナデューラ、そしてグレンモーレンジィのアスターとシグネットは洗練されたウイスキー愛飲家をも満足させる力がある。しかし、ここで述べてきたのは、より一般的な製品に関する事柄である。それぞれが再評価に値するものなのだ。
もしそれらをしばらく飲んでおらず、バーでボトルを見かけたならば、試して欲しい。最初の1杯として十分に味わって欲しい。
ほら、初恋は決して忘れてはいなかった。そうだろう?