パターソンの嗅覚【前半/全2回】
マスターブレンダーにしてウイスキーの守護神であるリチャード・パターソンと、著書の出版を記念して対談を行った。
Report:ケイト・ポートマン
「ハロー」
リチャード・パターソンの声は耳に心地よい。そして彼は、より深く息を吸いながら尋ねるのだ。「ハウアーユー?」ホワイト&マッカイのカリスママスターブレンダーの伝説的マスタークラスのひとつに参加した者なら誰でも、これは彼が目の前のウイスキーに対して行う挨拶であることを知ることになる。
ウイスキーの個性をより良く知るために、表面的な挨拶にとどまらず、ウイスキーとのより深い対話をすることが好きなのである。
そして、それは人に対しても同じである。
彼の著書“Goodness Nose”に関するインタビューをするためにやって来たのだが、私が質問を始める前に彼が私の人生について熱心な質問を始めてしまった。それはとても長く楽しい会話で、おかげでレコーダーの容量を使い切ってしまったが、そのせいで40年間に渡りウイスキー業界に貢献してきた人物からの素晴らしい話への期待はさらに高まった。
グラスゴーのホワイト&マッカイ本社の9階のフロアにあるリチャードのオフィスの中に腰掛けて、彼が生涯のほとんどを過ごして来た街を眺める。
ちらっと周囲を眺めれば、彼の性格に関するさらなる手がかりが得られることになる。本が詰め込まれた棚は飽く事なき知識への渇望と歴史への情熱を示している。彼の好きなルノアールの絵が壁に掛かり、芸術的なセンスを示しているし、窓の下枠にならぶ様々な土産物は旅の多さと世界に対する広範な好奇心を表している。
リチャードは一部の隙もないほどにキメている。ダークスーツにこざっぱりと身を包み、ネクタイと対になったサイン入りハンカチーフを胸ポケットに入れている。
「まあ、皆さんに私が少なくとも努力はしていたな、と思っていただければ幸いです」、と彼は微笑んだ。その服装のスタイルは伝統的で紳士的な価値を反映しているが、彼がその職業で飛び抜けて優秀であることを示唆する、細部への几帳面な注意深さをも表している。
完璧主義者の性格に多忙さが加わり(このインタビューの時点で彼はもう7週間も週末を犠牲にしていた)、40年を100ページへと蒸溜するという偉業は、もともと著作に時間がかかる事を意味していた。本はウイスキーマガジンのライターでもあるガヴィン・スミスとの4年半に渡る共同著作である。数えきれないほどの週末をフェッターケアン蒸溜所のネザーミルハウスで過ごし、その間ウイスキーとシガーを給油し続けてきた事は間違いない!
ガヴィンはゴーストライターというよりは協力者として働いてきた。リチャードが多彩な逸話を披露しながらスピリッツへの情熱を率直に述べるその独特の語り口を、読者にはっきりと伝えるという役割である。
リチャードの血にはウイスキーが混ざっている。業界の三代目なのである。祖父はグラスゴーでウイスキーの仲買人を始め、父親もそのビジネスを継いだ。リチャードは60年代に17歳でウイスキー業界の修行を開始した。ウイスキーブームの時代であり、新蒸溜所のタムナブーリンなどが生まれ、生産量が急上昇していた。
「ゆったりとしたランチを摂りながら商談が行われていた良い時代でした。それでも皆に十分な商売があったのです」と、彼は思い出を語った。
働き始めるとすぐに、若き日のリチャードは、ウイスキー業界でこの先も働いて行く事の将来性を意識し、前進を決意した。そしてできる限りの学習に取りかかった。
1970年にホワイト&マッカイに移り、それ以来そこにずっと忠実に留まっている。長期にわたるキャリアを振り返れば、気が遠くなるような9回の買収と16人のボスに出会ってきた。新しい著書はホワイト&マッカイのジュラ、ダルモア、フェッターケアンそしてインバーゴードンの各蒸溜所について深く語っている。そして同時にウイスキー業界全体に過去40年に渡って起きた大きな変化についても述べているのだ。好景気から不景気へ、痛みを伴う過剰生産、蒸溜所の閉鎖、そして合理化等を通じた近代流通の登場などについても述べている。
著書のまた別の見所は、ウイスキーブレンダーの技に関する概要説明である。これはいままでミステリーに包まれてきた主題だ。本書では読者をサンプルルームへと案内してくれる。グラスとウイスキーボトルに溢れたこの場所をリチャードは「宝箱」と呼んでいる。ここは彼がくつろぎそして熱中する場所なのである。ここで彼は基となる全てのモルトとグレーンを、開発の全てのステージに渡って評価する。同時に創られたブレンド自身も評価の対象である。会社がどれほど多くをこの男の鼻の判断に依っているのかがわかる。
25から30種類のモルトとグレーンがひとつのブレンドとなる。それら全てのフレーバーとニュアンスを組み合わせていくのは複雑な仕事である。だからこそ、喩え話が説明には有効なのだ。
「ウイスキーはとても個性的なので、大事な事はそれぞれを個別に知る事なのです。それぞれの個性をね。どのように樽の中でドレスアップすべきか、どのようにパートナー達と組み合わさるのか」、リチャードは説明する。
「第一印象は重要です。しかし同時にその個性が熟成にともなってどのようになっていくのかを考慮しなければなりません。あるものは輝きを保ち、またあるものは消え去って行くのです」
→後半に続く